一
次第に周囲の音が聞こえるようになっていく。沙枝は目を開けた。自分が水に囲まれた中でしゃがみ込んでいると分かるまでに、しばらく時間がかかった。はっと顔を上げる。沙枝の中で、時は連続していない。沙枝の最後の記憶は、胸から血を出し、倒れる燥耶。その光景を思い返すだけで頭が鈍く痛んだ。
「燥耶!」
その名前を叫ぶ。無事を信じていた。確かめたかった。びしょ濡れの服も、そもそも何故周囲が池のように水をたたえているのかも、沙枝にはどうでもよかった。燥耶がいたはずの方へ駆け出そうとして、足を取られる。地面に亀裂が走っていた。しかしそれを確かめることなく、沙枝はまた立ち上がり懸命に足を前に出した。膝ほどの高さまである水の抵抗が激しい。それでも沙枝は足を止めない。
「燥耶…。燥耶、燥耶っ!」
何度も名前を呼ぶ。返事を期待するかのように。何かにしがみつくかのように。粟立つ心に立ち向かうために。
燥耶が倒れた場所にたどり着く。
そこには、燥耶は、いない。
「そう、や………?」
周りにはいくつもの死体が転がっているのに、燥耶だけがそこにいない。
「燥耶?ねえ、燥耶?……燥耶、返事してよ!」
答える声はない。声どころか、姿が見えない。狂ったように何度も何度も燥耶の名前を呼びながら辺りを歩き回った。何も考えられなかった。足を止めてしまうと、燥耶は永遠に帰ってこないんじゃないかという気がした。
「……え………おい……さえ…沙枝!おい沙枝!止まれ!」
肩を掴まれ立ち止まる。見上げると夜継の顔があった。驚いた。全然近付いてくるのに気付かなかった。
「お前な、まずは休め。お前が身体を壊してもらっちゃ困る。あそこまでの力を示したんだからな。」
夜継のその言葉も、沙枝の頭には意味をもったものとして入ってこない。
「でも…燥耶が…。燥耶を、見つけないと、助けないと……。」
「落ち着け!これだけ探したんだ、見つからないなら諦めろ!第一、お前がやったんじゃないのか!?」
「…え?私、が?」
「そうさ。この水浸しになったのも、そしておそらく燥耶が消えたのも、みんなお前がやったんだ。……覚えてないのか?」
「そん、な…。わたし…。」
言葉が続かなかった。自分がやったんだと言われても、実感も湧かなかったし、燥耶がどこへ行ったかもまた分からなかった。茫然自失になりながら意識を取り戻した場所へと戻る沙枝の目に、光るものが映る。
常に輝きを失うことのない、並び立つもののない美しさを誇る神剣。
《炎花》がそこにあった。