九
更に前へ踏み出す。怯んだ相手に防御させる時間を与えないまま、時には斬り捨て、時には燃やし、薙払っていくかのように燥耶は単身相手側の奥深くまで進んでいた。
「く、くそうっ!このムラをお前達に渡す訳にはいかんっ!」
そう言いながら斬りかかってきた中年の男の足元に炎を飛ばし、それに気を取られた瞬間に首元に一閃。血を吹き出して倒れるその男の姿にムラの男達は更に怯み、燥耶の周囲は円形に開ける形になった。こうなると互いに様子を窺いあうだけでどうしようもない。少し疲れるが、一斉に全方向に炎を飛ばすか。そう考えていると、その円を割って一人の少年が燥耶に近付いてきた。燥耶はまたも《炎花》を構える。しかしその、燥耶よりも明らかに幼い少年は、燥耶の姿が目に入っていないようだった。燥耶に、ではなく、今し方燥耶が殺した中年男の元に近付いていく。戦闘力など少しも感じられないその子は、おぼつかない足取りで、誰も動かない輪の中を進んでいた。中年男の側に崩れ落ちるように腰をおとした少年の発した次の言葉が、燥耶の心を凍り付かせる。
「父さん…?」
その言葉は燥耶の耳によく届いた。刺さった。
「父さん?父さん!返事してよ!父さん!」
少年は必死の形相で中年男を揺さぶりながら悲痛な声を上げる。燥耶の周囲は動かない。燥耶が動かないからだ。燥耶は動けなかった。少年が父を呼ぶ声が頭の中で木霊する。
「許さ、ない…。」
少年はきっ、と目を上げ、目前にいた燥耶を睨みつけた。
「お前か…?お前だな?お前が父さんを殺したんだろ!」
「やめろ…。」
「何で父さんを殺したんだ!何でなんだよ!父さんが、父さんが何をしたっていうんだ!」
「やめろよ…。」
「お前なんか…。お前なんて…。最低の人でなしだ!」
「やめろやめろやめろぉ!」
少年は止まらない。燥耶は動けない。少年の血走った目に射すくめられたかのように、燥耶はおびえた目をしたままその場に立っていた。《炎花》を持つ手が今までにないほどに震えていた。
「絶対に許さない…。殺してやる…。」
少年は手にした短剣を燥耶の方へ向け立ち上がる。燥耶はなおも動けない。燥耶が今までに殺した人全てに責められている気がした。儀式の光景が蘇るのを、今度は止められない。何のために戦うのか。燥耶の心の中で、何かが一つ壊れた気がした。
「死ねぇー!!」
少年は短剣を握りしめ燥耶の懐へ飛び込む。最期まで燥耶はやはり、動くことができなかった。胸から吹き出す自らの血の温かさを感じながら、燥耶は意識を手放した。




