七
あんなに大きいのに、それは音もなく飛んでいく。あんなに速いのに、それが飛んでいく様は沙枝にはゆっくりと見えた。
そしてそのまがまがしい闇は、音のないまま着弾。
その場所にいた人がどうなってしまったのか、沙枝は想像もしたくなかった。あったはずのムラを守る柵は四分の一が消し去られ、隙だらけの状態になってしまっている。
「今だ!一気に攻め込め!」
夜継の号令一下、クナイ軍は一斉に攻勢に出る。
「うーん、この距離だとあの程度にしかならんか。正確にも狙えん。」
夜継の力に呆然としていた沙枝の耳に、そんな言葉が届く。この圧倒的な力を行使しておいて尚物足りないというのか。あの力は人間が使ってはならない、ひどくねじ曲がったものであるように、沙枝には感じられた。この上を求める夜継は、もはや人ではないのだろうか。
事態はすごい勢いで動いていく。一度引いていたクナイの軍が夜継のあけた穴に殺到していき、沙枝の目にも大勢が決したかと思われた。しかしその時、先手を打つかのようにムラから男達が飛び出してくる。その数、クナイ軍とおよそ同数。放たれていた矢の本数を考えると違和感のないはずなのだが、やはりそれだけの多人数がこの小さなムラで戦っているという不自然さは残る。夜継にも、自分達とほぼ同数の相手がうって出てくるという状況は初めてらしく、少し戸惑った様子だった。その隙を突いてか、ムラの男達はクナイ軍に猛攻を仕掛けてくる。クナイ軍は最初の形を活かし囲もうとするも、なかなか上手くいっていなかった。
そのまま膠着状態になる。しばらくお互いに押したり押されたりの状況が続いた。ここから見ていても兵達が疲弊しているのが分かる。このままではきっと気持ちの差で押されてきてしまうだろう。夜継も同じことを考えたようだ。
「今俺の力をもう一度使うのは愚策だ…。精細な操作が効かない。………。」
沙枝はなんだか嫌な予感がした。夜継が燥耶の方に顔を向ける。
「よし燥耶、出番だ。突っ込んでいって蹴散らしてこい。お前ならこの状況を引っくり返せるだけの力があるだろう。さあ行け!」
「…はっ。仰せのままに。」
やっぱり。沙枝の予想通り夜継は燥耶に出撃命令を出した。恐れていたことが現実になる。
「燥耶!」
踵を返して駆け出していこうとしていた燥耶を思わず呼び止めてしまう。言いたいことが沢山あるようで、どれも上手く出てこない。
「絶対、戻ってきてね。」
結局、一言それだけしか言えなかった。沙枝のその言葉に、燥耶がゆっくりとこちらへ振り返る。
燥耶は、笑っていた。
沙枝が初めて見る、燥耶の笑顔だった。
「当たり前だろ。沙枝の隣。それが、俺のいるべき場所だ。」
そう笑顔のまま言い残すと、燥耶は沙枝に背を向け、《炎花》片手に駆けていった。