六
「よし総員、そろそろ行くぞ!」
おうという威勢のいい返事が響く。きっと麓のムラへも聞こえていることだろう。兵達は本当に気合いのこもった顔をしている。昨日の夜、沙枝はクナイ出身の兵に聞いてみた。何故兵に?と。返答はこうだった。
「周りにもそういう奴が多いんですがね、僕の家は貧しいんですよ。そりゃああの占領民程ではないですが、それでもやっぱり、家族もいますしなかなかね。兵士は銭が多く貰えるんです。戦では働きに応じて褒美も出ます。皆家族の為に気合い入れて戦っているんですよ。」
むなしい。むなしかった。この連鎖がつくられているのは誰のせい?夜継のせいだろう。夜継の目指す平和で豊かな世界というものは、どこまでも中身のないものなのだ。
「占領民兵は前へ!その後ろへ一般兵が続け!突撃してから一気に回り込むぞ!それでは、いざ!」
夜継は右手を高く挙げると、勢いよく振りおろした。
「突撃ーーーっっ!!」
うおおおという声を張り上げながらクナイ軍は峠の坂を駆け下りてゆく。圧倒される人数と勢い。シノミのムラへと侵攻してきた時も、こうだったのだろうか。どこまでも絶望を呼び起こす光景だった。
ムラからはそれなりに離れた位置で夜継は止まった。ここが本部となるのだろう。夜継が全体を見ながら指示を飛ばしていく。その側にいた沙枝にも、戦の様子はよく見えた。クナイ軍は徐々に横に広がりながらムラに迫っていく。囲んでおとす構えだ。と、射程に入ったのか一斉にムラから矢が放たれた。その数は、多い。こちらの人数に匹敵するほどの本数が、死の雨となってクナイ軍に降り注ぐ。どういうことだろう。ムラは明らかに小さい。そんな大勢が普段から住んでいるようなところには見えないのだ。夜継も一瞬怪訝な表情を浮かべるが、構わず突撃を続ける。
「ひるむな、ゆけ!」
前に行かされる占領民兵が多くの矢に討たれ次々に倒れてゆく。あの貧相な防具では意味をなさないのだろう。倒れたその身体を乗り越え、盾として、射る隙間の時間を利用して、一般の兵が後ろからゆく。まさに死兵だった。
それにしても飛んで来る矢が多い。想定よりも多くの人数がムラを守ろうと立てこもっているのだろう。全体にクナイ軍の消耗が激しかった。どんどんと数が減っていく。夜継はいらいらしているようだ。
「くそっ、一度兵達に引くように伝えろ!俺の力を使う!」
沙枝はその夜継の声にはっとした。夜継が持つ力。咲と幸が、ムラの四分の一を吹き飛ばしたと語った、それのことだろう。夜継の方を見る。夜継が背後に抱える闇。普段確実に見えている訳ではないそれが、夜継の背後でどんどんと凝集されていく。夜継が前に腕を伸ばすと、その腕を伝って目に見える闇としか呼びようのないそれが開いた手の前に集まっていった。
それはものすごい勢いで大きくなっていきーーーーー
夜継自身の大きさを越えて成長しーーーーーー
沙枝の目の前が全て闇で覆われてしまったと思うくらい大きくなった頃、夜継は出していた手を握りしめ突き上げた。
大きな大きな闇の塊が、目に追えないほどの速さでムラめがけて飛んでいった。