五
そしてさらに数日。朝から峠を登り続け、昼頃になってようやく頂上に到着した沙枝の前に視界が開ける。下っていった麓には、生まれ育ったシノミのムラと大体同じくらい小さなムラがあった。クナイ軍の襲来をみて備えたのだろう、周囲には濠が巡らされ、柵がたてられている。セン族のムラでの日々が自然と思い出され、思わず目を瞑った。自分は何をしているのだろうと改めて思う。あんな悲しみを、もたらす側に、私は今なろうとしている。
出発の前の日、大母巫女はこう言った。
「夜継から逃れることは不可能じゃ。ということはすなわち、戦いにのぞまなければならん。しかも二人は強制された、自分達にとって利のない戦いになる。身体も心も辛いじゃろう。しかしな、二人とも、それを切り抜けて生き抜くことがなによりも大切じゃ。
神々はその昔、何故《炎花》を人間にお与えになったか。それは、地上に生きる者の問題は、なるべく地上に生きる者同士で解決すべきとお考えになったからじゃ。だってそうじゃろう?神々にとっては悪いことをしていようがたかだかちっぽけな人間一人、いつでもいくらでも罰をお与えになることができる。しかし神々はそれをよしとしなかった。いずれ神々が関与せずとも、平和で豊かな地上という楽園が、問題が起きたとしてもその内で解決することによって永久に続くことを願って、このようなかたちになさっておるのじゃ。
つまりはな、本当に成してはならぬこと、それを成す、或いはそれが成される直前まで、神々は何も、二人のやることに口出しはしてこんということじゃ。現に今、二人は命の危険がある場所へ赴こうとしておるが、それに関して神々は何も言ってこん。
平和で豊かな地上を守るという使命が二人にはある。しかし、何を為すことによってそれが達せられるのかは、自分達で考えなければならんのじゃ。今はまだ分からんじゃろう。わしにも分からん。だからこそ生き抜くのじゃ。考えることは後でもできるが、死んでしまってはそこで終わり。
神々を頼るのでなく、自分自身を信じることじゃ。」
そう言われても、今は神々を頼りたかった。私はこれからどうするべきなのか。何を成さなければならないのか。答えてくれるものはない。意味を見出せないまま、たくさんの人を悲しみに陥れる戦へと突き進むのは、ただただ嫌だった。
「ここで一旦休憩だ!その後はいよいよ戦だぞ!各々しっかり備えておけ!」
夜継の声が響く。兵達は引き締まった顔つきになった。迫る戦に向けて気持ちを入れ直しているようだ。その光景を見ていると、夜継がそばへ寄ってきた。
「二人は始まったら取りあえず俺についてこい。軍全体の指令は俺が出す。燥耶、おそらくお前は戦が始まって消耗が激しいところに入ってもらうことになる。沙枝、お前はずっと俺の後ろにいろ。真の力とやらがどんなものか知らんが、それを使わざるを得ない時まで生きておいてもらわんとな。」
道具のような言い方には腹が立ったが、何よりも、戦が始まってしまうんだ、という何というか脱力感のようなものをすごく感じた。自分にはどうしようもない。自分には悲しみの連鎖を止められない。沙枝は自分の無力さを痛感した。




