六
月も出ない暗闇の中、シノミ族の女らは男衆に見送られ、何度も振り返りながら出発した。車を曳いている者などもおり、ゆっくりとした避難だった。
少ないながらも荷物を持ち、沙枝も最後尾近くを歩いていた。沙枝は決して振り返らないと決めていた。振り返ってしまったらきっと、足を進められなくなるから。ムラに残って戦いたい気持ちを振り払うかのように、敢えて夕方に茂繁が涙を見せた姿を思い出して、ひたすら前に続いて歩みを続けることに専念していた。
空が白み始め、避難する者たちの顔に浮かぶ疲れの色が大分濃くなってきた頃ようやく、彼女らはセン族のムラに到着した。長年暮らしていたムラを離れ、慣れないことも多かったが、皆疲れからかすぐに眠った。
次の日からは同じくセン族のムラに避難してきたミマ族の者、そしてセン族の者と協力してムラの守りを固めるべく働く日々が始まった。いくら女子供老人しかいないとはいえ、三族が集まればそれなりの人数となるため、着々と準備は進んだ。物見、環濠、柵を設置し、火を射かけられた時のために水路をひいてため池をつくり、万が一このムラからも逃げ出さなくてはいけなくなった時のために荷物をまとめた。少しでも脅威に対し意味があると信じて。
毎日男衆から異常はないとの知らせを受け取ってはいたが、やはり皆の不安は大きく、平和にムラで暮らしていたころとは格段に明るい顔、声が減っていた。
口数自体が少なくなり、近づいてくる災厄に備え黙々と準備を進める日々。そんな日々が二十日を数えた頃、シノミ族の若者が一人、夕暮れの中を急を知らせに駆けてきた。
「敵襲!敵襲!
クナイの軍が峠を越えて侵攻、ムラ西側の丘にて両軍激突!混戦の模様です!」
よっぽど急いで駆けてきたのだろう、その若者はそれだけ叫ぶとその場に倒れてしまった。長の妻、九乃が駆け寄り彼を支える。彼を楽な姿勢でそっと寝かせている間に、ムラにいた全員が集まっていた。九乃は立ち上がった。その目にはきつい光が浮かんでおり、顔は沙枝がいまだかつて見たことが無いほど引き締まっていた。九乃は皆に告げる。
「私は長の妻として、皆さんをこの安全な場所にて引っ張って行かなくてはならない、と皆さんと一緒にこのムラに避難してきました。
しかしもう限界です。
私にはあのムラが全てだった。男衆が戦っているのに、私がここで待っている訳にはいきません。
私はムラに戻ります。皆さんはこの地に留まり、少しでも長く、少しでも多くの人が生き延びられるように努力をして下さい」
そう言うと九乃は皆に頭を下げ、シノミのムラの方へ駆け出した。皆声も出せず呆然と小さくなっていく九乃の後ろ姿を見つめていた。
沙枝も同じく九乃の後ろ姿を見て固まっていたが、九乃がムラの囲いを出て森の中に入っていった時に我に返った。心に炎が再燃する。九乃さんが行ったんだ、私も行かなきゃ。行って、ムラを守らなくちゃ。
茂繁の瞳に涙を溜めていた顔が脳裏に浮かんだ。しかしその光景も、今の沙枝の心の炎を消すには至らない。今行かないと。今行って、自分の手でムラを守らないと、絶対後悔する。
沙枝は九乃の後を追って駆け出していた。