三
日が傾いてきた。支度が終わった沙枝と燥耶は部屋を出る。沙枝はいつもと変わらず巫女服である。前の春からこちらずっと着続けてきたそれは、なにか安心感を沙枝にもたらしてくれていた。そして燥耶の腰には《炎花》。あの美しい剣も、これから人を殺す武器として使われるのだと思うと、なんだか悲しくなった。
社の入り口までやってくるとそこには人影が。大母巫女、里、他にも親しくしていた何人もが見送りにきてくれていたのだ。
「沙枝。燥耶。気を付けてな。」
「ありがとうございます、大母巫女様。みんなもありがとう。」
皆暖かな笑みを浮かべてくれていたことが、何よりも沙枝には嬉しかった。一人一人の笑顔を目に焼き付けるかのようにゆっくりと見回す。なにか気合いが改めて入れられた気がした。
「それでは、行ってまいります。」
言って頭を下げる。涙は流さない。流すなら帰ってきた時、そう決めていた。皆が手を振ってくれるのに振り返してから、沙枝はそれに背を向け燥耶とともに歩きだした。
今まで守ってくれていた社の存在、これからはそれがなくなる。頼りになるのは自分自身と、隣にいる燥耶だけだ。
しばらく歩いてから、社の姿も目に焼き付けておこうと振り返ると、皆まだその場にいて見送ってくれているのが見えた。浮かびそうになった涙を急いで振り払う。今は泣かない。そう決めたのだ。
「ようし、それでは出発だ!」
おうと一声、空が茜色へと変わりゆく中クナイ軍はミヤコを出発した。先頭に立つのは夜継。思い通りになったことへか、何やら満足気だった。沙枝達二人はそのすぐ後ろに続いた。夜継の指揮の関係でそうなった訳だが、夜継のその満足そうな顔が近くに見えて沙枝は不快だった。
行軍は思ったよりも堅苦しくないものであり、馴染みの兵達がお互いに話をする声が聞こえてきていた。訓練をした訳でもない沙枝が普通についていける程度の速さだったため、遅いのではないかと思ったが、人数が多いためにこうなってしまうのも無理もないようだ。
「ねえ燥耶、今までミヤコの外に出たことってある?」
今までの気負いを裏切られたかのような和やかな雰囲気にいつの間にか心持ち安らいでいた沙枝は燥耶に話しかける。
「ないかな。これが初めてだよ。大抵ミヤコの中で十分事足りるからね。いつかは遠くに行ってみたいとは思っていたけれど、まさかこんな形でになるとは。」
そう言って燥耶はなぜか首を傾げた。




