二
何か感じるものがあったのだろう。駆け戻ってきた沙枝達二人を大母巫女は社の入り口で迎えた。
「おかえり。どうした二人とも。何かあやつに言われたか。」
上がった息がなかなかおさまらない。落ち着いて声を発せられるようになるまでにしばらくかかった。
「本日夕刻に出発だそうです。荷物を持ってそれまでに戻ってこいと。」
「…そうか。二人とも、大きな荷物はここに置いていってよいぞ。帰ってくる場所というものは必要じゃろう。最低限の荷物で行くのじゃ。ああ、燥耶はついてこい。何よりも大切な《炎花》を持っていかんとな。」
燥耶と別れて沙枝は部屋に戻る。この部屋に戻ってくることも、もうないのかもしれない。今まで思ってもみなかったことが、心に去来した。今日軍の本部に行って、改めて理解した。私は、戦に参加するのだ。命の危険がすぐそこに迫る場所に、もう一度。今度は侵略する側として。自分は何をしているのだろうか。ふとそう思った。処刑を免れた後、ここで頑張ろうと決めたのは、決してこんなことのためではなかったはずだ。私には神に与えられた使命がある、らしい。実感できたことは一度もないが。そのためには、生きねばならない。…いつか来るはずの、その時のために。逃れることも、なにも、沙枝が決められることではないのだ。
昼休憩の時間になった。里に最後の挨拶をしなきゃ。部屋を出ようと戸を開けると、走って近付いてくる足音が聞こえてきた。もしかしてと思いながらその場で待つ。角を曲がってきたのは、やっぱり里だった。
「大母巫女様に聞いてきてんけど!はあ、はあ、ああ、おってよかった。沙枝、もうすぐに行ってまうねんて?はあ、はあー。ちょっ、ちょっと落ち着かせて。」
その里の姿に沙枝は思わず笑いだしてしまう。可笑しい。可笑しいはずなのに。目の前が霞んでくるのはなぜだろう。
「沙枝、ほんまにもう行ってまうの?いつ戻ってこれんの?」
「さ、里、それは…。ごめんね、里…。」
言いたいことは沢山あるのに。里を目の前にすると、後から後から涙が溢れてきて止まらない。
「沙枝、泣かんといてや。泣いてもたらもう一生会われへんみたいやんか。」
そう言っている里もまた涙を流していた。
「う、うん、そうだね…。ありがとう、里。ごめんね…。」
「もう…。謝るんもやめてや。それよりも沙枝。私にも沙枝と約束させて。いや、沙枝が約束して。絶対に、何があっても生きて帰ってくるって。」
その言葉に更に涙がこぼれる。私はなんというほどに想われて、支えられていることか。
「うん。…うん!わかった。約束する。ほんとにありがとう、里。」
「絶対やで!」
里はそう言って、涙に濡れた顔にくしゃっと笑みを浮かべた。沙枝は思わずそんな里に抱きついてしまった。自分も同じような顔をしているのだろう。たとえ涙を流していたとしても、里とはお互いに笑顔でいたい。そう思った。




