十三
「気持ちは分かった。ありがとう、沙枝。どのみちわしにも、二人が逃れられないのは十分分かっておる。その言葉だけでも、わしには嬉しいもんじゃよ。どれ、ここらで確認しておこうかの。具体的になんと言われたんじゃ?まだ一度も聞いておらんかったと思ってな。」
「そ、そうでした。すみません、大母巫女様。燥耶、そして私の二人ともが軍に参加するようにと。そして明日、軍の方に顔を出しにこいとも言われました。」
「明日か。えらく早いのう。すぐに連れてゆくつもりなのかもしれんな。二人ともすぐに遠くへ出立できるように荷物をまとめておくがよい。今日はもうわしも邪魔をせん。ゆっくり準備しなさい。ああ、仲の良い里なんかには話をしておいた方が良いかもしれんな。それも今日の内にやっておくがよい。」
大母巫女は立ち上がって沙枝達二人に背を向ける。その背中越しに小さな声が聞こえてきた。
「二人とも、くれぐれも気を付けるんじゃぞ。必ず生きて戻ってくるのじゃ。次に会う時二人の内どちらか片方でも物言わぬ体であったなら、わしは本当に耐えられん。」
そう言って去っていく後ろ姿に、沙枝は思わず頭を下げた。ありがたかった。そこまで想っていてくれていること。親身になってくれていること。今実感するというのは遅かったかもしれないけれど、それでも力になった。
次の日の朝は普段より少しゆったりしたものとなった。大きな不安を抱え、社を出る。軍の本部の場所は大母巫女から教えられていた。地図を元に社から街中へ出てひたすら歩く。ミヤコの街並は前に見たときと同様にとても賑わっていたが、沙枝の心の持ちようの変化のせいかなにか全体にくすんで見えた。この賑わいの裏にあるものを知ってしまったせいなのかもしれない。これからどうなるのだろう。沙枝のそんな心の声を聞いているかのように、空は一面雲で覆われていた。
軍の本部はミヤコの中でも社から遠い位置にあった。辺りにはものものしい雰囲気が満ちている。訓練をしているのだろうか。かけ声のようなものも遠くから聞こえてきていた。入り口の所に立っていた兵士に夜継に取り次いでもらうように告げると、少し驚いた表情を浮かべながらも奥へ行ってくれた。どうやら夜継がここに来ていることを知っているのみでなく、その夜継に直接会いにきたということで、しかもそれが少年と巫女姿の少女の二人組だったということで驚いたようだった。程なくして夜継が奥から出てくる。この男には本当に、敵わない。なんというか差を、隔たりを、またも感じた沙枝だった。
「よし、二人とも来たな。もしかしたら来ないかもしれんともすこし思ったものだが。」
とっさに言葉を返せない。あんたがそうせざるをえないようにしたんでしょうが。
「まあいい、ついてこい。ああお前、広場に全員集合するように声を掛けてまわれ。」
「ははっ!了解しました、陛下!」
近くにいた兵士に言い付けると建物の奥へ歩いてゆく。その背中を追って沙枝も一歩を踏み出した。もう引き返せない。そんな一歩だった。