十二
「わしはなにも夜継の上に立っておる訳ではない。わしがあやつに対して強く言えるのは、神の言葉に基づくもののみじゃ。あの夜継でも、神々のことは尊敬しておるからの。ほれ沙枝、そなたの処刑を止めた〈忌〉令があったじゃろ。まああの時はわしにも何となく次元の違う存在が近付いてきているのが分かったが、何よりも、あれは神が《守り手》の接近によりミヤコでの人殺しを禁ずるとわしにお伝えになったから、発令されたんじゃ。つまりあやつは、神の声にのみ従っておる。わしが個人的になにかを命じたところで聞く耳など持たんじゃろう。勿論神の声であったと嘘を吐くわけにもいかんしな。そして今、そなたら二人について、神々はわしに何も言ってこん。残念ながらわしにはこれではどうにもできんのじゃ。」
大母巫女はそこで一度言葉を切る。その表情は心底心配している者のそれだった。
「わし個人としては、二人には行ってほしくないと切実に思っておる。燥耶は万全とは思えん。《遣い手》としてどうというより、夜継のせいじゃな。確かに《炎花》の力で他人には負けんのかもしれんが、心配は尽きん。そして沙枝、そなたには辛い言い方になるが、まだそなたはただの一人の女の子じゃ。《守り手》の力が完全に発現した時どうなるのかは、わしにも分からん。前例がないからな。しかしそなたがその状態に達しておるとは残念ながら到底思えん。そんなまま危険な戦に向かったところで、何ができるというのか?
二人とも、なんとかするには時間が必要じゃ。長い時間が。このまま行かせるなど、心配なんじゃよ。《遣い手》《守り手》としての責務はともかく、純粋に、そなたらのことがじゃ。…わしはほんに無力なものよ。」
なんとなく三人とも押し黙ってしまった。大母巫女の気持ちは深く伝わってきた。しかしそれがはっきりするということは、行かなければならないということをより強く裏付けているだけだ。
「大母巫女様。」
沙枝は口を開いた。何となく、何かを言わなければいけない気がした。
「大母巫女様にそう言って頂けて、私はとても嬉しいです。深く心配して頂けるのも、本当にありがたく思います。でも同時に、どうしようもないんだということもよく分かりました。大丈夫です、大母巫女様。私は行きます。私はなんにもできない、それでも一つやらなければいけないことがあります。私が燥耶の側についていないと、燥耶は力を十分に発揮できないんですよ?ということは私には、燥耶の側にいる、という役目がある。燥耶は力を持つが故に、抵抗したところで夜継がその力を逃すはずがないでしょう。ですから私も行きます。それは私にとって立派な、そして大切な理由です。」
怖い。すごく怖い。戦なんて行きたくない。そう思う気持ちは確かにある。もし逃れる道があったならば、迷いなくそれを選ぶに決まっている。しかしそれがないからこそ。沙枝は強い意志を込めて大母巫女を見つめた。
「沙枝…。」
隣で燥耶がそう呟くのが聞こえた。




