十一
扉が開く音に、伸ばしていた手を止める。入ってきたのは大母巫女だった。不自然な姿勢で固まる沙枝を見て少し不審に思ったようだったが、そのまま口を開く。
「何を言われた?まあ、大体想像はつくがのう。」
自分は何をしようとしていたのだろう。我に返った沙枝は頭がいっぱいになる。私は何に突き動かされていた?
「大方二人の様子を見るに、戦に加われとでも言われたのじゃろう。」
心の中には、自分のしようとしていたことに対しての動揺と、邪魔が入ったことに対しての悔しさが混在している。それらがまるでもやのように広がり、沙枝の脳の働きを阻害するのだ。
「ふう…。二人ともその様子じゃ、今日の分は無理じゃな。部屋に戻っておれ。沙枝、燥耶を連れてゆくのじゃ。」
心臓が運動もしていないのに激しく鼓動を刻む。自分では見えないけれど、顔も真っ赤になっているに違いない。こんな心の動き、沙枝は今まで知らなかった。解らないことに動揺が増す。一方で、沙枝はもうその答えを知っているような気もした。その先を考えないようにしようと、心の声が告げていた。
「…沙枝?…沙枝!」
「は、はい!」
文字通り飛び上がった。驚いた。我に返ったつもりが、そんなことはなかったようだ。
「大丈夫か?沙枝。何度も呼び掛けたんじゃがな。今日はもう二人とも部屋に戻っておれ。その様子では続けん方が良いじゃろうからな。」
「ありがとうございます、大母巫女様。行こうか、燥耶。」
「ありがとう、ございます。」
二人で大母巫女に一礼して大広間から出る。部屋への道すがら、またも我知らず燥耶に手を伸ばそうとしていた自分に気付き愕然とした。私はどうしてしまったのだろう。まるで自分の中にもう一人の知らない自分がいるようだった。きっとそいつは、全ての答えを知っている。そんな気がした。
部屋に戻ってしばらくした頃、大母巫女が来た。
「すまんのう、二人とも。」
部屋に入ってきての第一声がそれだった。
「こうなるのは予想しておった。だからこそ、実は燥耶が元気になったことを外に伏せていたんじゃ。しかしどこからかあやつは嗅ぎつけてしまったようじゃのう。人の口に戸は立てられんとも言うし、仕方のないことではあるんじゃが…。」
「そんな、大母巫女様が謝られるようなことではないはずです。」
沙枝はとんでもないと思った。大母巫女が悪いのでは絶対にないはずだ。
次に口を開いたのは燥耶だった。
「大母巫女様。あなた様のお力を持ってしても、夜継様の命令を覆すことはできないのでしょうか。」
「それがなかなか難しいんじゃよ。」
大母巫女はため息をついた。




