七
それからも、二人の毎日は変わらなかった。朝起きて食事をしたら燥耶の鍛錬を見守り、時に書を読んだり、燥耶と話したり。日が暮れたらまた食事をして部屋に戻って寝る。こんなことをしていていいのかとは勿論思ったが、その度に、今自分が一番優先すべきは《守り手》としての役目、と割り切ることにしていた。といっても、燥耶の側にいれば燥耶がちゃんと《炎花》を扱えるという一点でしか、自分が《守り手》の役目を果たしているとの実感が湧くことはなかったが。
時の流れは早い。徐々に緑が芽吹き、雪が解け、つぼみが膨らみ、小鳥がさえずるようになっていた。周りの様子が変わっても、やはり二人は変わらない。
これからも変わらないと、いつの間にか思い込んでいた私は、馬鹿だったのだろうか。
目覚めとともに梅が香ったその日、いつも通り鍛錬を始めてしばらくたった頃だった。大母巫女がやってきて告げる。
「燥耶、夜継が来てお主を呼んでおる。沙枝、そなたもじゃ。二人ともついてこい。」
こういう日がいつかは来ると思っていた。しかし、心から遠ざけていたと言うべきか。燥耶は《遣い手》としての技量をこの春までにかなり身に付けていた。こんな私でも自信を持って、燥耶は誰にも負けないだろうと言えるくらい、彼は、たった一人の、まさに《炎花の遣い手》として花開いていたのだ。表情が未だ戻らないのが沙枝としては気がかりであったが、その程度、夜継の戦勝への切り札として輝くその存在に影を落とすとみなすものは、それこそ沙枝しかいなかった。
大母巫女の後について歩きながら頭をもたげるのは、やはり恐怖心。約束はした。夜継をいつか倒すと。しかし今の沙枝は、何も変われていない。捕まって引き出されたあの時のままだ。そんな状態で夜継をどうこうできるとは、露ほども思えなかった。
自分のこともそうだが、燥耶は大丈夫なのだろうか。大分回復したとはいえ、心に深い傷を負わせた張本人。きっとあの儀式以来初めて会う筈だ。平然としていられる訳がない。そう思って横を歩く燥耶の顔を覗く。その顔はいつも通り、変化のないものだった。これを喜ぶべきなのか、不安に思うべきなのか。沙枝には判断が付きかねた。
連れていかれた先は社の大広間だった。大母巫女が戸に手を掛ける。その戸が開いて欲しくないという沙枝の無言の願いは聞き届けられることのないまま、無情にも視界が開けた。
「待っていたぞ。《炎花の遣い手》、そして、」
大広間の中央に座していた若い男は、言葉をそこで溜める。
「《流水の守り手》よ。」
その姿を目にし、その声を聞き、その闇を感じ、沙枝は身震いがした。隣の燥耶が身じろぎしたのを目の端で捉える。
夜継。今までの燥耶と沙枝の苦難を全てつくり上げたその人は、立ち上がることもせず、闇を背後につけたまま、感情のこもらない笑みを浮かべてそこにいた。




