五
夕方、今度は女子供老人も含めてムラの全員が広場に集められた。
長が口を開く。
「おそらくクナイの軍は、シカン族のムラとの間の峠を越えてこのムラに攻めてくる。ムラに入るより前の丘や森にて戦うことになるだろうが、それらから近いこのムラはいつ危険に晒されてもおかしくはない。
そこで女子供老人など、戦えないと判断される者は、戦火から一番遠く、安全だろうと思われるセン族のムラへ避難してもらう。これはムラの皆の身の安全を考えてのことだ。例外は認めない。今夜出発だ。各自準備をしてくれ」
男衆以外はこの言葉で急いで駆け出していった。
そして残った男衆にも長は声を掛ける。
「皆覚悟は出来たか。
死ににいくのはたまらないという者は今からでも構わん。女子供と避難せよ」
誰も動かない。
「よし!
我々はシノミ族の誇りだ!精一杯命を賭して戦おうぞ!」
全員が手を振り上げ、腹に響く声を出した。
「間もなく他の二族の戦士達もやってくる。各自武器、壕などの準備を急げ!」
おう!と返事一声、男衆も散っていった。
沙枝は、肩を落とし疲れはてたかのように家の中に戻っていく茂繁を追って家に飛び込み、その背中に叫んだ。
「長さま!私も戦いに加えさせて下さい!
私にもこの大好きなムラを守る為に戦わせて下さい!」
沙枝は明け方も今も、広場の隅でずっと茂繁の話を聞いていた。そして決めていた。自分も共に戦うと。
昨晩茂繁の深いため息を聞いていた時は、ただただ怖かった。大きな災厄がふりかかってきたことに、不安が現実となってしまったことに、心を縮めた。しかし段々と落ち着いてくると、自分がこのムラを守るために何か出来ないのかを考えていた。
恐れてばかりいては始まらない。このムラを愛する気持ちは誰にも負けない。
沙枝の燃えるような気持ちは、闘志は、男衆と共に戦う、ということに心を固めさせていた。
茂繁は沙枝の方を振り返るも、俯いたまま告げた。
「沙枝。言ったろう?女子供は避難せよと。
お前も避難の準備をしなさい。例外は認めないとも言ったはずだ」
「しかし!男衆が戦っているのに見捨てて逃げ出せということですよ!
そんなことは出来ません!
せめて…せめてこの手で、共にムラを守らせて下さい!」
沙枝の悲痛な声に、茂繁が弾かれたように顔を上げる。
その目には涙が浮かんでいた。
沙枝は燃えていた心の炎に、水をかけられたかのような心地がした。
「わかってくれ。沙枝。
お前の気持ちは痛いほど分かる。だがな、私も、ムラの皆の苦痛の表情は見たくないのだ。本当なら男衆だって、戦ってなど欲しくはない。私は自分を責めているんだ。他の道が、ムラの皆が苦しまなくてすむ道があったのではないかと。苦しみの中に、ムラを、ムラの皆を連れていこうとしているのではないかと。しかしこのまま戦わずとも、苦難の道が待っていることは確実。
私はな、怖いんだ。沙枝。愛するものを目の前で失うことが。お前のことを愛しているからこそ、お前にはこの先も笑って生きていて欲しいと思うからこそ、ここから逃げて欲しいんだ。
すまん、頼む。沙枝」
そう言って茂繁は頭を下げた。
沙枝は言葉を続けられなかった。