六
「あの…、それでさ。三人で盛り上がっちゃったから聞くのを逃したんだけど。…その男の人がもしかして、沙枝の話に出てきた、燥耶…さん?」
躊躇いがちにそう言ったのは幸。そうだった。二人に会えたことに夢中で、燥耶のことをすっかり忘れていた。
「そう!この人が燥耶。《炎花の遣い手》なんだよ。
…ごめんね燥耶。すっかり燥耶のこと忘れてた。」
「いや、いいさ。邪魔するつもりはなかったし。
こんにちは。燥耶っていいます。沙枝から話は聞いてたけど、三人は本当に仲が良いんだね。俺も同い年だし、敬語使わなくていいから。」
そう言って軽くお辞儀する燥耶。沙枝はなんだか感動してしまった。あらためて、燥耶がここまで回復してくれたことを目の当たりにして。すると燥耶がこちらを向いた。
「なんだい、沙枝。えらくにこにこして。」
「いや、燥耶元気になったなって思ってさ。自分でしっかり初対面の人に自己紹介してる。夏の頃までは思いもしなかったよ。」
「それは全部沙枝のおかげだよ。沙枝がいたから、俺は今ここにいる。」
「そ、そんな。私は、何も。」
不意にかけられたその言葉に、顔が赤くなるのを感じながら答えた。おかしいな。ここのところこういうの多いぞ。そう思っていると二本の手に引き寄せられる。咲と幸だった。
「ねえねえ沙枝、これってもしかして、もしかしなくても。」
「そういうことなの?ね、そうなの?沙枝。」
二人はにやにやしていた。沙枝を置いて二人の話はどんどん進んでいく。
「でも燥耶さん、結構格好良いし。」
「そうそう。沙枝、行けるよ。後一押し、ってとこかな。」
だんだんと沙枝の方に近付いてきながら囃し立てる二人。顔が熱い。
「だ、だから、そういうんじゃないって!というか、なんというか…。」
「え?何だって?沙枝。沙枝は分かり易いなあ。」
「昔からそうだよね。私たちにはすぐ分かるのよ。まあ今はそういうことにしといてあげるけど。」
「羨ましいよ、沙枝。今度こそ冗談抜きで、ずるいぞ!」
二人は声を上げて笑う。燥耶がきょとんとした顔をしているのが、ちょっと恨めしく感じてしまった。
程なく本当に急いで帰らないとまずい時間になる。それまでに何を話していたかというと、咲と幸の二人が沙枝のことについて燥耶に質問して、それに対する燥耶の真面目な回答に二人はきゃあきゃあ騒いで沙枝は顔を赤くしての繰り返しだった。やつれてるように見えても、二人は変わらないままでいた。
「じゃあね、咲、幸。」
「うん。また会えるかな?」
「うーん、なかなか社の外に出られる日ってないから、ちょっと難しいかも。」
「そっか。…ねえ沙枝?」
「うん?」
「今日沙枝に会えて良かった。すごく元気出た。」
「私もだよ、沙枝。新しい約束もできたし、これで明日からも、なんとか暮らしていける気がする。」
「ありがとう、沙枝。」
「こちらこそ。二人に会えて嬉しかった。…頑張ってね。」
手を振って別れる。二人に頑張ってと言うことしかできない自分が、歯がゆかった。