三
その、沙枝にとってとても馴染みのある、もう会えると思っていなかった少女、咲は、顔を上げる。黒ずんだ服。薄汚れた頬。ムラにいた頃の快活さは鳴りを潜め、疲れきった様子だった。それでも沙枝が、あの大切な咲を見間違える筈がない。自分がいつの間にか足を止めていたのにも、沙枝は気付いていなかった。焦点の合わない虚ろな瞳を、咲は沙枝の方へと向ける。そこに徐々に光が宿っていくのを、沙枝は言葉もなく見つめていた。
「…う、そ…?沙枝?…沙枝!」
懐かしい、愛おしい、その声を聞き、目の前が霞む。
「咲!」
我知らず駆け出し、その細すぎる身体に抱きつく。咲は未だ呆然としているようだ。
「なん、で…?…沙枝、もう、死んじゃったかと。二度と会えないと、思ってたのに。」
「私だって。咲だけじゃなく、ムラの誰にも、もう会えないと思ってた。」
良かった。会えて良かった。頬を涙が伝う。そこで横から燥耶が割って入った。
「二人とも、感動してるとこ悪いが、ここに余り長く立ち止まるのは良くない。どこかへ移動できないか?」
その声で我に返る。周りから何人もの人たちがゆっくりと近付いてきていた。
「その通りね。どうしよう…。」
「私の今の家なら近いわ!こっち!」
燥耶のおかげで事なきを得た。もし私一人だったらと思うとぞっとした。
案内された家は、周囲と変わらず、倒れてしまいそうなあばら家だった。
「待ってて。いるか分からないけど、幸もこの近くなの。呼んでみる。」
そう言って咲は飛び出していき、沙枝は燥耶と二人その場に残される。
「ごめんね、燥耶。寄り道になっちゃった。」
「いいよ。それより、彼女、咲さん…だっけ?は、前にムラでの話をしてくれた時に言っていた親友だろう?」
「そう。もう二度と会えないと思ってた。…私ね、あの二人と別れる時に約束したの。必ず生きて、また会いにくるから、って。それなのに捕まっちゃって、一度は処刑されそうにまでなって。ああ、約束果たせてないなあってずっと思ってた。こんな形でまた会えるなんて。なんだか、夢見てるみたいだよ。」
「沙枝!」
勢いよく戸が開けられると同時に上がった、自分の名を呼ぶ叫び。その声もまた、沙枝の待ち望んでいたものだった。振り返ると、懐かしい姿が目に入る。
「幸!」
またも抱き合う。咲も参加して、三人で涙を流して笑い合い、抱き合った。当初思っていたよりも遙かに長い時間を経て、一つの約束が果たされたのだった。