一
帰路の途中で燥耶が指さす。
「こっちの方が近道だよ。」
そこは何やら薄暗く、すぐに道が曲がっていてその先が見えない。
「ここ?知ってるの?」
「うん。何回も通ったことあるから。ただ、速く通り抜けた方がいいってだけだよ。」
不安は拭えなかったが、歩き始めた燥耶に沙枝はついていった。
道に沿って曲がった途端、饐えたような、腐ったような悪臭が鼻をつく。乱雑に、まるで互いに寄りかかっているかのような頼りなさで建てられた、家とは到底呼べないあばら家が建ち並び、目ばかりギラギラと光らせた襤褸切れのような布を纏った人々が足元もおぼつかない様子で歩いている。表通りからは見えない、ミヤコの“ウラ”側。所々に汚い水溜まりがあるような道が縦横無尽にのび、両側には詰め込まれるように人が住む。沙枝は吐き気がした。これがミヤコの、そしてクナイの、本当の姿なのだ。長い間心に仕舞われていた怒りが湧いてくる。いったいこれのどこが。平和で豊かな暮らしと呼べるのか。夜継の耳元で叫んでやりたい気分だった。
「ここにいる人は皆、占領されたムラの人々だ。」
早足で道をゆきながら、燥耶が口を開く。明らかに場違いな二人に多数浴びせられる視線に落ち着かなかった沙枝は危うく聞き逃すところだった。
「前代の王が生きておられた頃、ここはきれいな池だった。小さな頃はよく遊びに来ていたよ。その王が亡くなられ、夜継様が王を継いだのが六年前。そこからここは、そしてこのクニは大きく変わった。他のムラに侵略を繰り返すようになり、それによって占領したムラの女子供老人をここへ送り込むようになったんだ。池は埋め立てられ、後から後から増える人を詰め込んでいった結果できたのがこの街。まさにこのクナイの、そしてあの夜継様の暗部だ。」
「逃げ出したりしてはだめなの?」
「ここには家と呼べる程のものではないが、風雨を凌げる場所がある。ここから出ればそうはいかない。出たところで銭を持っている訳でもなく、見てくれからどうしてもミヤコの一般の住民からは敬遠される。結局野外で野垂れ死んでしまうのがオチだ。そして更に、彼らの家族のうち男手はさらなる侵略の戦に駆り出されているが、そこで大きな手柄をあげれば家と金と土地が手に入る。つまり一般市民になれるんだ。みんな、父や夫、息子の活躍を夢見てここで待っているのさ。まあでも、ただの農民だった男達が大した戦力になる訳もなく、死兵として使われてしまうのが結局のところだな。」
「ここの人達が自力で一般市民になれる道はないの?」
「ここの住人だというだけで、どうしても就ける職に限りが出てくる。きつい労働とか、汚れ仕事とかな。そういうのはえてして、対価が低い。つまり普通に働いていては、その日暮らしがやっとだ。一応夜継様が設けた救済策というものがあって、一定量決められたものを定期的に納めることができれば家と金と土地を渡して一般市民にしてあげますよ、ということにはなっているものの、そのこなさなければいけない量が膨大で、冗談でなく過労で死んでしまう、という域に達してしまっていて、そのせいか未だ誰もそれが適用された人はいないんだよ。
要するに、ここに堕とされたら、二度と這い上がってくることはできないということさ。」
沙枝は言葉が出なかった。酷い。惨い。そんな言葉ですら言い表せないものが、そこには広がっていた。