十二
「もともと私が本当に小さかった頃、私の家族はこの更馬様の構えるお屋敷の隣にて、農家をやって生計を立てていました。といっても、ここの家とは比べるべくもないくらい貧しいところでしてね。小さな小さな家に、なんとか暮らしていっている、そんな状態でした。まあ、私は全然覚えていないんですけどね。
そんなある日、冬のとても寒い夜だったそうですが、我が家は炎上しました。原因は今でも分かりません。家族はなんとか逃げることができましたが、家は全焼。もともと貧しかった私達に家を建て直す余裕があるはずもなく、途方に暮れていたところに、更馬様が声を掛けて下さったのです。『私の家で暮らすといい。部屋は沢山あるから。』と。それだけでなく、畑を含めた我が家の土地を買い取るという形で土地代まで渡して下さり、またその畑は今まで通り私達家族が自由に利用してよいことにして下さいました。
あまりに厚い温情に、両親は更馬様に何故ここまでして頂けるのか聞いたそうです。それに対する更馬様の答え、『理由なんてない。ただ、私の手の届く範囲に、困っている人がいただけだ。』という言葉に感動した私達は、少しずつでもそのご恩を返そうと、使用人として働くことにしたのです。」
「だからそんなことしなくていいって散々言ってるんだけどね。うちの畑の面倒までみてくれるし、うちの人たちが家事やろうとしても全部終わってるし。すごいよ。何だかこっちが申し訳なくなってくるくらいだ。」
「そういう訳には参りません。私達は一生かかっても返せない程のものをもう頂いておりますから。あの時手を差し伸べて頂けていなかったならば、どうなっていたことか。
沙枝様。私は若様の三つ上でございます。若様が生まれて間もない頃からずっとお側におりますが、だからこそ分かったことがございます。若様も、そして他の皆様も、本当に優しい心をお持ちなのです。私達居候の身にも親身に向き合って下さり、まるで家族のように扱って下さいます。私達は感謝してもしきれないからこそ、更に使用人として頑張るのです。」
「やめてくれよ恥ずかしい。俺にとって春則は生まれた時からずっと側にいてくれた、親友であり家族なんだ。そう思うのも当然だろう?」
「ありがとうございます、若様。」
「だからこそ若様と呼ぶのを止めてほしいんだけどな…。」
「それはだめです。これは若様とそのご家族への敬意と感謝の表れなのですから。」
そう言って春則はまばゆい笑顔を浮かべた。真に幸せを知っているんでないとできない顔だ、と沙枝は思った。使用人という立場なのに、この笑顔を浮かべられる人がいる。それは確実に、燥耶達家族のお陰なのだろう。




