十
広間についたようだ。燥耶が中に入ってゆく。色々なものに気圧されまくっていた沙枝もためらいつつ後に続いた。思っていた、いや身構えていたよりも広くない。社の大広間よりも凄いところだったらどうしようと考えていた身としては少々拍子抜けだった。中には六人。全員が暖かな笑みを浮かべていたのが印象的だった。燥耶もいつかこんな風に笑えるのだろうか。
一番奥にいた男が口を開く。ふさふさと生える髪は全て白に染まる、一目見て老いていると分かる男。しかしその立ち姿は、衰えを感じさせないものだった。
「おかえりなさい、燥耶。元気な姿が見られて嬉しいよ。畑に出ている者もいるが、皆大歓迎だ。いつまでいられるんだい?」
「ただいま戻りました、お祖父様。ご心配をおかけしました。社には夕刻までに戻らねばなりませんので、あまり長くはいられないのです。」
どうやらこの矍鑠とした老人は燥耶の祖父だったようだ。
「そうですか、それは残念です。でも、あなたが元気になった姿を見られただけで私はとても嬉しいですよ。」
今度はそのすぐ隣にいた、おっとりとした雰囲気を持つ老女が口を開いていた。さっきの老人が燥耶の祖父だとすると、この人は…。
「お祖母様も息災で何よりです。」
やっぱり祖母だった。その後も部屋にいる人々が燥耶に口々に声を掛ける。皆燥耶の親類であり、皆一様に喜んだ顔をしていた。一通り挨拶が済んだところを見計らってか、もう一度燥耶の祖父が口を開いた。
「ところで燥耶。後ろにいるお嬢さんは誰だね?見たことのない顔だが…。」
沙枝は一気に身体が固まるのを感じた。ついに自分にまわってきてしまったか。
「ああ、紹介を忘れていました。彼女は沙枝。俺の今をつくってくれた人であり、そして…《流水の守り手》です。」
室内は不思議な吐息に満ちた。室内の全員が燥耶が何であるか、沙枝が何であるか、そしてその意味、更に燥耶の身に何が起こったのかを全て理解しているからこそのそれだった。
「は…初めまして。沙枝といいます。よろしく、お願いします。」
つっかえながらも何とか自己紹介する。緊張が解けない。そんな沙枝を見かねてか、燥耶が儀式以降何があったのかを話し始めた。時々沙枝に話をふる燥耶の気遣いのおかげで、最終的には何とか普通に会話できるくらいにほぐれていた。
燥耶が話し終える。もう一度沙枝に向けられた人々の目は、感謝を語っていた。




