九
しばらく燥耶が門を叩いていると、その大きな門がいきなり勢いよく開いた。
「きゃっ!」
思わず悲鳴を上げてしまった沙枝。勿論門がいきなり開いたことにも驚いたのだが、それよりもそれと同時に屈強な男が中から飛び出してきたことに驚いての悲鳴だった。
「誰だ若様の名を語る不届き者は!
…って若様!?わ、若様、大丈夫なんでございますか?」
「ああ。完全ではないけどね。ただいま、春則。」
「お…お、お帰りなさいませ、若様!」
目尻を拭う春則。
「こうしてはいられません。すぐに皆様方にお知らせしてまいります!」
そういって春則はもの凄い勢いで駆けていってしまった。
「あ、ちょっと、春則!
…行っちゃった。うーん、紹介する間もなかったな。沙枝、今の人がうちで働いてくれてる春則だよ。…沙枝?」
何だかもう、呆然とした状態から抜け出すことができない。開いた口が塞がらない、を初めて体感した気がした。
しばらくして春則が戻ってくる。よく見ると彼も若い。年上であることは確かだが、五歳くらいしか変わらないのではなかろうか。
「お待たせ致しました、若様。皆様広間にお集まりいただくようにお伝えしましたので、まずは中に…」
そこで沙枝と目が合う。どうやら初めて認識したようだ。数秒固まった後に、春則はおそるおそるといった様子で口を開く。
「あの…、若様?後ろの方は…?」
「ああ、彼女は沙枝だよ。一緒に来てくれたんだ。」
「若様…。もしかして御当主様のみをお呼びした方がよろしかったのでしょうか…。赤飯をご用意した方が…?いやいっそ床を…?」
「そっ、そういうんじゃないですから!」
沙枝は慌てて否定する。顔が赤くなっているのが分かった。
ここで沙枝の心に浮かぶのは。まただ。二度目の逃げ出し以来のこれ。ここのところ多いなあ。
「春則。誤解はよしてくれ。沙枝はそういうことで連れてきた訳じゃない。彼女は、なんていうか、恩人なんだ。今の俺をつくってくれた人なんだよ。こう言えば分かるかな?」
「左様でございますか…。私はてっきり…。」
「ほんとに違いますから!」
顔どころか全身を真っ赤にして沙枝は叫んでしまった。同時に少し残念な気持ちになってしまったような気がしたのは内緒だ。
春則に広間なる場所に案内される。その間、燥耶と春則の二人はずっと話をしていた。お坊ちゃまと使用人という立場の差はあれど、互いに気の置けない仲なんだということがとても伝わってきて、何だか微笑ましかった。春則は年上ながらも気さくで、話しやすそうだった。幼い頃の燥耶の話とか知ってたら教えてもらおう、とか平和なことを思った。




