八
春以来のミヤコの街中は、社の静けさとは対照的な喧噪に満ちた場所だった。ムラとも比べられないくらい、沢山の人、沢山のもの、沢山の家。そこには“豊かさ”、夜継の言う“豊かさ”が満ちていた。行き交う人々に、日々の生活の苦は見受けられない。きっと食うに困ることはないのだろう。
しかし、彼らは遠かった。一人一人自分のしたいことができる、そんな“豊かさ”。それに包まれた彼らは、一人一人が遠い。そんな風に、沙枝は思った。きっとここにいる人達は、隣に住む人が誰なのかもろくに知らないのだろう。そういう世界であり、そういう“豊かさ”なのだ。
まあそうは言いつつも、沙枝はやっぱり一人の少女である。溢れんばかりの、見たこともないようなものに囲まれて、目を輝かせない訳にはいかないのだった。たとえ、ムラにいた頃は見たこともなかったミヤコで流通する銭なるものを持っていなかったとしても、それらの品を見て回るだけで幸せになってしまう、そんな沙枝だった。
しょっちゅう立ち止まってしまう沙枝に、燥耶は嫌な顔一つせず付き合っていた。沙枝にとってそれも嬉しいことの一つだった。別に何かを言う訳でも、何かに特に興味を示す訳でもない。それでも、この楽しい時間に燥耶が隣にいる、それだけで良かった。何故だろう。何故そういう思考の帰結になるのだろう。考えても答えは出ない。なんだかあの二回目に逃げてしまった時と似ているな、と思った。
そんな訳で、燥耶の家へ到着するのは思っていたよりもかなり遅くなってしまった。燥耶から初めに、ここが俺の家、と言われた時、沙枝は我が目を疑った。言葉を発せなくなる程、燥耶の家は大きかったのだ。周囲の他の家を囲むのが柵なのに対し、この家に限っては土塀。門の前に立つ沙枝から見ると、自分を超える高さのある壁とも言えるそれが左右に、端が霞むほど続いていた。ただ圧倒される沙枝。うちのムラ丸ごとよりも広いんじゃないか…?
「す…すごいね、燥耶の家。」
「そうかな。ん、なんか恥ずかしいよ。」
「いや、なんかもう、そういう次元じゃないというかなんというか…。つまり、その、すっごいお金持ち、ってことだよね。」
「うん、まあ…。実を言うとあんまり知られたくなかったとも思ってるけど、そういうことになるね。」
先に言ってよ!という叫びが喉まで出かかった沙枝だった。
燥耶は門の戸を叩いて来客を知らせる。
「こんにちは!燥耶です!開けてもらえますか!」
頼むから誰も出てこないで。急激に緊張が高まり、沙枝は思わずそんなことを思ってしまっていた。




