七
その日も燥耶と共に一日を過ごし、夕食の時間になった。
「なあ沙枝、聞いた?」
「ん?どうしたの、里。」
席につくなりそう声を掛けてきた里に、心当たりのない沙枝はそう返す。
「明日は修練休みで、一日自由やねんて。希望すれば、街の方へも行ってええらしいで。嬉しいなあ。」
「そうなんだ。里はどうするの?」
「そうやなあ。なんか元々ミヤコ出身の人達は親元へ顔出したりするみたいやけど、私そんなんもないしな。多分一日ごろごろしてると思うわ。」
「それはそれで楽しそうだね。朝すっごい寝坊してみるとか?」
「いやー、それええな!そうしよ。沙枝はどうなんのかな。」
「どうなんだろ。大母巫女様からは別に何も言われてないけどね。」
「…家に行きたい。」
不意に燥耶がそう呟いたのが聞こえる。
「そうなの、燥耶?…でも、帰っても…。」
両親はいないんじゃ、という言葉をなんとか呑み込む。が、燥耶にはなんとなく伝わってしまったようだった。
「うん。でも、一族みんな住んでるから。親戚の人とかには顔出したいな。
…なんか不思議だよ。今までこんなこと、思ったこともなかったのに。」
沙枝にはそれも、燥耶の回復のしるしに思えた。
「ほんなら言うてみたらええやん、大母巫女様に。きっと一日くらいやったら聞いてくれるで。多分大母巫女様って燥耶のこと孫みたいに思てるから、お願いしたら断られへんはずや。燥耶が沙枝のお願いに弱いんと一緒でな。」
里はにやにやしていた。そんな里の様子に微かに困ったような表情を浮かべた燥耶は沙枝の方を見る。沙枝は思わず吹き出してしまった。
翌朝いつものように起きて、燥耶が鍛錬を始めたころ、大母巫女がやってきた。
「燥耶。今日はお主も休みとしよう。家に顔を出しにでも行ってくるがよい。」
「本当ですか!」
激しく反応するのは沙枝。
「沙枝も一緒に行っておいで。夕食の時間までには帰ってくるんじゃぞ。」
「ありがとうございます。」
燥耶はあくまで静かだ。代わりに沙枝が言う。
「燥耶、昨日家に行きたいって言ってたんですよ。ありがとうございます、大母巫女様。
さ、燥耶。そうと決まれば、早く行こ!」
沙枝がそう言って燥耶の手を引こうとすると、燥耶は先に立って走り出した。燥耶もどこか興奮しているようだ。
そんな二人の後ろ姿を、大母巫女は暖かな微笑みをたたえて見つめていた。




