五
「あっ、沙枝。もうそんな時間?」
燥耶が気付く。沙枝はその言葉に頷きながらも、別のことに気をとられていた。《炎花》に、呼ばれたような気がしたのだ。それは声でもない、何か引き寄せられるような、そんなもの。
「…沙枝?」
燥耶の心配そうな声も耳に入らないまま、沙枝は燥耶の元、正確には《炎花》の元へと近付き、その刀身に触れた。
その瞬間、《炎花》は目も眩むような閃光を放つ。
思わず目を瞑るが、その頃にはもう何事もなかったかのように元に戻っていた《炎花》を、燥耶は見つめる。
「これは…。」
そのまま動かなくなる燥耶。
「行けるかもしれない。沙枝、ちょっと離れててくれるか。」
沙枝には何事かよくわかっていなかったが、とにかく言われた通り後ろに下がる。
燥耶は目を瞑った。と、微かに空気が揺れたような気がした。見守る沙枝の目には、まるで燥耶の身体から何かが立ち昇っているかのように見えていた。
「…きたか。」
横で大母巫女が小さく呟く声が聞こえた直後、燥耶が目を見開く。
《炎花》の美しい刀身が、炎に包まれた。
燥耶はそのまま神剣を振るい始める。炎は自在に踊り、しなやかに舞い、風のように螺旋を描き、周囲の空間を切り裂いた。
それは先程の剣舞が霞むほどの、圧倒的な完成された美しさ。沙枝は今まさに、神の御技を目前にしていた。
「これじゃ。」
隣で大母巫女が大きく頷く。
「これじゃよ。これこそが《炎花》、そして《遣い手》の、本来の力じゃ。」
そう言うと大母巫女はこちらに顔を向ける。
「沙枝。」
眼前の光景に魅入られた沙枝は気付かない。
「沙枝!」
飛び上がるように向き直る。その大声にも、燥耶は舞い続けていた。
「明日から沙枝も、こちらの鍛錬に参加するんじゃ。参加すると言っても、見とるだけでよい。どうやらお主がおった方が、燥耶にとっても《炎花》にとっても都合が良いようじゃ。」
「でも、修練は…?」
「沙枝。巫女となるための修練は、いつでも積める。お主は気付いておらんが、お主には素質がある。神に愛されておる、という素質がな。じゃから後からでも、一人前の巫女になれるじゃろう。
しかしその前に、お主はたった一人の《守り手》じゃ。今、燥耶は《遣い手》としての道を一歩一歩進んでおる。お主はどうじゃ?
わしはあくまで、立派な《守り手》へと成長する助けになるのでは、と修練を積むようにお主に言った。それをやる必然性などないんじゃ。
そしてお主は先程、確かに神の力の一端を示した。これは明らかに、燥耶にとって、今の《遣い手》にとって、どういう立場かは分からないにしろ、お主が必要だということではないのかのう。」
大母巫女が口を噤む。炎は、未だ、舞っていた。




