二
翌朝、やっぱり沙枝は大母巫女の元へ。
「大母巫女様。燥耶は昨日ついに会話ができるようになりました。」
「おお、そうかい。その割には落ち着いているように見えるが…。まあよい。どれ、わしも一度様子を見に行ってみようかね。」
「私の部屋にいらっしゃるということですか?」
「そうじゃ。ほれ、行くぞい。案内せい。」
「ええ!今からですか!」
「早い方が良いじゃろう?こういうことは。楽しみじゃのう。」
大母巫女と共に自室に戻る。
「どうした?こんな時間に戻ってくるなんて。」
沙枝が扉を開けた時そう声を発した燥耶は、沙枝の後ろに佇む影に気付き顔面を蒼白にさせる。身体が硬直し、瞳の光が薄れていくのを見かねて、沙枝は思わず声を上げる。
「だめ。だめよ、燥耶。また元に戻っちゃ。思い出して。大母巫女様はあなたの味方だったはずよ。」
荒い息をつく燥耶。その姿はまるで、何かを押し込めようとしているようだった。
「おはよう、燥耶。そうじゃ。わしは神に従っておるのみじゃからな。安心せい。」
「おは、よう、ございます。…ありがとう、ござい、…ます。」
絞るように声を出す燥耶に沙枝は不憫になる。気付くとこう言っていた。
「大母巫女様。一度出ましょう。これ以上見ていられません。」
「それが賢明なようじゃな。ではな、燥耶。」
燥耶は出てゆく大母巫女に向けて頭を下げた。その全身が、傍から見ても分かる程に震えていた。
「待ってて。すぐに戻ってくるから。」
それを伝えて沙枝も部屋を出る。扉を閉めると大母巫女が口を開いた。
「少しかわいそうなことをしてしまったようじゃの。」
「おそらく大母巫女様は儀式の際いらっしゃったために、姿を目にするとどうしても思い出してしまうのではないかと。すみません、追い出すような形になってしまって。」
「よい。わしこそ、そうなる可能性に気付けたはずじゃった。元の状態に戻らんかっただけ、良かったと思おう。」
そこで大母巫女は言葉を切り、感慨深げな表情を浮かべた。
「しかし…、話をしおったのう。感動ものじゃ。沙枝、ありがとう。お主のおかげじゃ。」
「そんな、ありがとうございます。」
「わしは後悔しておった。あの時、もっと早く夜継の動きに気付けておれば。もっと早く燥耶の元へ駆け付けることができておれば。燥耶はこうはならなかったのではないか、とな。しかしわしでも救えなかった彼を、沙枝、お主が光の世界へと引っ張り出してくれた。お主は誰にもできなかったことをやったんじゃよ。」
言い置いて歩きだした大母巫女は数歩で立ち止まり振り返る。その目には光るものが浮かんでいた。
「改めて。ありがとう、沙枝。」
大母巫女の感謝の声は、その場にいつまでも残っていたかのように、沙枝は感じた。
《守り手》として、何ができるのか。《遣い手》、燥耶の側に居続けることなら、私にもできる。そう思った。