一
燥耶が語り終えると、部屋には静寂が満ちた。沙枝も今の話を聞いて、色々と考えることが多かったからだ。しばらくして燥耶が口を開く。
「沙枝、…と俺も呼んでいいのかな。」
「ええ、勿論!」
「沙枝は前に俺にきいたよな?自分が《炎花》を握った時、すぐに分かったのか、って。勿論、すぐに分かった。それまで闇の中の世界にいた俺の耳を、聞き覚えのある声がうったんだ。冷静に今考えれば、それは《炎花》の声だったんだと分かる。でもその時、俺はそれを沙枝の声だと思った。毎日毎日、闇の底にいる俺の所にも微かに届いてくる、女の子の声だ、と。気付くと身体が動いていた。まるで何か、目が覚めたみたいに、やるべきことがはっきりと分かったんだ。」
嬉しくて、言葉が出なかった。自分のやってきたことが、報われたかのような、意味があったと言われたかのような、そんな気がした。
「…ありがとう。」
思わず、この言葉が口をついて出ていた。再び流れる静寂。
「なあ、沙枝。」
またも口を開いたのは燥耶だった。
「沙枝のことも、聞かせてくれないか。あの時、俺に言ったろう?両親はもう死んでる、と。俺だって、沙枝のこと何も知らないんだ。」
沙枝はもう一度、今度は燥耶に、今までのことを話した。沙枝が語り終わって燥耶は、
「すまん。」
と言葉を発した。
「そんな。燥耶は何も悪くないよ。悪いのは私。ひどいこと言っちゃったのは私だもの。燥耶は謝らなくていいんだよ。」
「いやでも、その話を聞いた今なら分かる。俺の言葉も、考えなしだったな、と。謝らせてくれ。」
「いやいや、いいんだよ本当に。」
言いながら笑いだしてしまう沙枝。燥耶がそんな沙枝をきょとんとした顔で見つめていたのが、印象的だった。
きっかけは良いものではなかったかもしれない。それでも、今の沙枝は満足していた。燥耶はここまで回復した。もう途切れてしまったと思っていた燥耶の世界に、また新しいなにかが刻める。これが喜ばしいことでなくてなんだろうか。沙枝の世界もまた、広がったような気がした。
何枚か壁を隔てた先、部屋の中央の一段高くなった所に置かれた容器の中で、一振りの神剣は柔らかな光を放っていた。周囲に圧力を感じさせることなく、ただ静かに穏やかに光るその様もまた、神の持つ一面なのかもしれなかった。




