三
茂繁は入ってきた沙枝達に気付いたのか振り返り、笑顔を浮かべた。
「おお沙枝。待っていたぞ。さあ、温かいうちにご飯を食べよう」
両手を広げるその姿は、思わずさっきのは別人か、と考えてしまうほど、温かく優しさに溢れたものだった。
「ありがとうございます。いただきます」
沙枝もそう言い、笑みを浮かべようとしたが、少しこわばったものになってしまった。
九乃さんの腕がふるわれた食卓を空にしてしばらく後、沙枝は夜着にくるまって横になった。暖かくなってきたとはいえ、やはり夜は冷える。九乃が灯火を消しに来た。
「おやすみなさい、沙枝。私達ももうすぐしたら寝るわ」
「おやすみなさい、九乃さん」
静かに扉が閉じられ、部屋が闇に包まれても、今夜の沙枝は寝付けない。茂繁の後ろ姿が脳裏に焼き付いている。あの姿を目にして以降、沙枝は喉に小骨が引っかかっているかのような感覚、見過ごしたくても見過ごせないようなもやもやしたものに気を取られ、九乃の美味しい食事もなかなか喉を通らなかった。
目を閉じられない。開けていても闇に包まれ、前は見えない。不安に押しつぶされそうになった沙枝は夜着から抜け出し、扉を少し開いた。
寝室に一条の光が差し込んだのを見て取り、これなら寝られるかもしれない、と踵を返しかけた沙枝の耳を、押し殺された茂繁の叫びがうった。
「何?クナイの軍がシカン族のムラをおとした?
何故急にそんなことに。ここのところ行軍の情報は入っていなかったではないか!」
若者の声がそれに応える。
「詳細はわかりませんが、襲撃まで全く動きを掴めなかったということは奇襲ではないかと。
シカンがおとされたとなると…次は確実に我々シノミ族のムラへも手を伸ばしてきますぞ」
「何と……。クナイの動きがこれほどまでに早いとは……。
急ぎミマ族、セン族のムラに使いを!帰って来次第ムラの男衆をここに集めてくれ!」
「わかりました」
若者は足音高く駆けていき、数瞬後、にわかに数人が家の周りを走り回る音と、茂繁の深いため息が聞こえた。
沙枝は体に走る震えを止めることが出来なかった。