三
「《炎花》をこれへ。」
冷たく鋭い目に射られ凍り付いてしまった燥耶を置いて夜継は声を上げる。控えていた若い男二人が長細い容器を持ち上げ、燥耶のすぐ前へと置いた。一瞬満足気な表情を浮かべた夜継がその蓋を取った。
それが目に入った時燥耶は真っ先に、美しい、と思った。その瑠璃色に輝く刀身は、自らの内から光を放っているように見えていた。まさにそれは神の一振り。そしてそれは自分に誂えたかのようにぴったりであろうことも、燥耶には分かった。
思わず息を呑み、自分がなにをしなければならないのかも忘れ、魅入られたかのように《炎花》へと手を伸ばす。その手は当然のように神剣の元へ届き、それを引き揚げた。内なる力を秘めたる神剣《炎花》は、然るべき《遣い手》の元へと収まったのである。
と、《炎花》から声がしたように、燥耶は感じた。それは若いとも年老いているともとれる、男の声。それは長年親しんだもののような表情を持って、思考、感情と共に燥耶の頭の中に直接流れ込んできた。
〈おはよう、燥耶。私は君を待っていた。〉
〈どういうことだ?話ができるのか?〉
〈ああ。《遣い手》である君にしかできないがね。さて、燥耶。君は何故今から両親を斬らなくてはならないのか、分かっているのかい?〉
〈そういえば…。両親を斬るというところへの衝撃が大きすぎて、根本的な理由を聞くのを忘れていたよ。〉
〈そんなことだろうと思ったよ。君は勿論、この私《炎花》について知っているよね?〉
〈炎を操る、神によって創られた最強の剣、だろう?〉
〈そう。その、炎を操る、という部分が重要だ。
初代の《遣い手》はな、殺すべき、平和で豊かな生活を害する存在というのが、実の両親だった。彼が両親を殺さなくてはならないと分かってからもそれを躊躇している間に、被害はかなり拡大してしまったんだよ。
そこを神々は重要だと考えた。親族や血に、《遣い手》は縛られてしまってはならない。後顧の憂いを断ち、そして何者をも斬れる心を持った《遣い手》に、《炎花》の力は用いられるべきである、と。そこで神々は、両親を殺すことができれば、《炎花》に炎を操る能力が発現するようにしたんだ。それができなければ、私はただの剣。君が《遣い手》として強敵に立ち向かい、その職務を全うするには、避けて通れない道なんだよ。〉
〈…うん。理由は分かった。でも、いきなり言われて割り切れる話でもない。せめて話を聞いてから、覚悟を固めるだけの時間があればよかったのに。〉
〈今までの《遣い手》たちはみんな、そうだったんだけどね。どうやら君のご主人様には、それは通じないみたいだ。〉
〈そんな…。いきなりなんて、無理だよ…。〉
〈燥耶。いつかはやらなくてはならないことなんだ。本当のことをいうと、ちゃんと納得した心と、きちんと向き合う意志を持って臨んでほしい。でも今の君にそれを言えないことも分かっている。だから私は、頑張ってほしいとしか言えない。
燥耶、君は《遣い手》なんだ。《遣い手》となるべくして生まれたんだ。君ならできる。〉
その声が途切れるのと同時に、背中を押されるように我に返る。随分と長い時間話し込んでしまった、そう思って周りを見回すと、《炎花》を持った直後から僅か数瞬しか経っていなかったようだ。何か夢から醒めたような心地が、燥耶にはした。




