二
「…今、なんと?」
「聞こえたろう。《炎花》で目の前にいる両親を殺すんだ。実に単純明快。…俺はぐずぐずする奴は嫌いなんだ。さっさとやるぞ。」
「お、お待ち下さい陛下。私に両親を殺せと?自ら手を下せと?そんな、そんなこと…」
「やるのです、燥耶。」
燥耶の声を遮ったのは母だった。
「私達は、覚悟ができています。」
「しかし母上!」
「あなたが産まれた時、巫女の方々は私達に言いました。
その赤子は、神に遣われし子である。しかしその子が産まれたということは、その子を産み出しし二人の命が縮められたということと同意である、と。
燥耶。私達は知っていたのです、あなたが産まれてからずっと。いつかはあなたに殺されなければならないということを。」
「そんな。母上、それに父上も、それでよろしいのですか!どういう理由があるにせよ、実の息子に殺されてしまうということに変わりはないのですよ!」
「良いに決まっているではありませんか。神がお選びになった我が子の更なる成長に与する礎となれるのですよ。なんと喜ばしい。これで私達二人とも、誇りを持って命を全うできます。」
「そのようなことを言わないで下さい母上。私は母上と父上を愛しております。一日でも長く、二人との生活を楽しみたい。それを今日いきなり殺せと言われて、すんなりと受け入れることなんて到底できかねます。ここで愛する両親を手にかけることを拒否するのは、そんなにも悪いことなのですか…?」
燥耶の悲痛な声に、母は思わずといったところか、顔を歪ませる。とっさに声が出せなくなった母の代わりに声を上げたのは父だった。
「やるんだ、燥耶。これはお前に必要なことなんだ。確かにお前の気持ちも分かるし、私達もお前のことを愛している。できることなら尚成長するお前の姿をこの目で見届けたかったとも思っている。」
「なら!」
「しかしな、燥耶。両親の死など、誰もが必ず経験するものだ。人が死ぬことは辛いが、誰しもいつかは死ぬ。例えばお前だって、明日突然急な病で死ぬかもしれない。それは誰にも分からない、でもたったそれだけのことだ。」
「でも、しかし、そんな、」
「…男なら逃げるな、我が息子よ!そこまで意気地なしに育てた覚えはないぞ!」
燥耶は言葉を発せなかった。頭は真っ白。何も考えられない。
「儀式の準備が完了した。これより開始する。」
唐突に割り込んできたのは夜継。燥耶が両親と話をしている間に、残っていた準備を進めていたようだ。今や布に囲まれた内には、燥耶たち四人の他に、巫女が四人と若い男が二人控えていた。
「陛下!もう少し、もう少しお待ちを…!」
「俺はぐずぐずする奴は嫌いだと言ったはずだ。お前の気持ち、境遇にこれっぽっちも興味はない。ありふれた家族愛。面白くもない。その程度のことで、俺の手を煩わせるな。」
夜継は燥耶にそう吐き捨てる。その目は氷のような冷たさ、刀のような鋭さだった。




