六
ふわりと、頭の上から柔らかな物がかぶせられる。男物の外套。温もりの残るそれの意味に気付いた沙枝は、もうなにで濡れているのかもわからない程ぐちょぐちょになった顔を上げる。
「…悪い。言い過ぎた。」
こちらを向かない顔は社から漏れる光に照らされていた。
「取りあえず中入れ。話聞くから。」
涙と一緒に沢山のものが流れていってしまった沙枝はとっさに動けない。燥耶はため息一つ、沙枝の元まで歩み寄り手を取った。
「ほら。風邪引くぞ。」
俯いたまま沙枝は手を引かれていく。風呂場へ連行されるまで、二人は無言だった。
風呂から上がった沙枝は改めて部屋で燥耶に対する。気まずかった。申し訳なかった。燥耶さんは何も悪くないのに。気持ちの昂りのままに当たってしまった。
「すみませんでした。」
その言葉しか出てこなかった。燥耶が口を開く。そうだ、燥耶さん話すようになったんだ。こんな状況じゃなければ、もっと喜べたはずなのに。
「その前に、部屋に戻ってきたあの時のお前は変だった。何があった?」
「それは…。あの、里と喧嘩してしまって…。」
「なら俺の前に、彼女に謝るべきじゃないのか。」
はっと目を上げる。燥耶は…、目に柔らかな光を浮かべ、こちらを見ていた。その姿は暖かだった。沙枝は何も言わず頭を下げる。
「行ってこい。」
短く掛けられたその言葉は、沙枝の心に長く留まった。
里の部屋へ向かう。同室の人がいるはずなので、呼び出して食堂まで来てもらった。
「ごめん。」
里の姿を目にしてすぐ、沙枝は頭を下げた。
「ごめんなさい、里。あなたの言う通り、私はひどいことをしてしまったわ。凄く後悔した。頭を下げることしか私はできないけれど。本当にごめん。」
「頭上げてや、沙枝。私の方こそ、ほんまごめん。私のこと何も知らんと、って怒ったけど、考えたら私も沙枝のこと全然知らん。なのにひどいこと言ってもたな、ってめっちゃ後悔したわ。話聞かんとがんがん言うてもて、ごめんな。」
「許してくれる?」
「そんな、私の方こそ言いたいわ。」
二人同時に笑った。気持ちが軽くなった。
「…なあ、沙枝。もし良かったら、やねんけど…。沙枝がなんでここにおるか、も聞かせてくれへん?…なんかな、ほんまの親友って、何でも自分のこと言い合えるってことなんかなって、今回のことで思って、それで…。…あかん、かな?」
「もちろん、いいよ。」
沙枝は笑顔のまま話し始めた。