五
「何よそれ。さっきから聞いてれば私のこと勝手に。何も知らないくせに、要らないこと言うな?それはこっちが言いたいわよ!私がどうしてここに来たのか、何を思ってここにいるのか、里、あなたは全く知らないでしょう?何も苦労せず?それじゃあ教えてあげましょうか。私の生まれ育ったムラは今ただの焼け野原よ!これでも同じことが言える?私のことを何も知らないお嬢様のように言うなんて、心外なのよ!」
「やったらなおさらわかるやろ!私が何で怒ったんか!私の気持ちを踏みにじっといて、今更気持ちわかるよ、なんてのが通じると思てんの?」
「私は違うって言ったじゃない!訂正しようとしたのよ!それを全く聞かずにでたらめ言いだしたのはそっちなのに、今更通らないとかどの口が言えるのよ!」
「じゃあこうなったんは私のせいや言いたいんか?私があんたの話聞かへんかったからこないなったんや、自分は何も悪ないと、そう言いたいんか?」
「そんなこと一言も言ってないじゃない!」
「…ふん、気分悪い!」
目に涙を浮かべ叫んでいた里はそう言い残すと駆け去っていった。
沙枝も駆け出すと、自分の部屋へ戻る。むしゃくしゃした。頭に上った血が、なかなか引いていかない。走ってきたそのままの勢いで部屋の戸を開けると、燥耶がこちらを見た。光を宿さない瞳が沙枝を射る。それはまるで、沙枝の心を全て見透かしているかのようだった。激情だったのか、防衛意識だったのか、反射だったのか。沙枝は思わず燥耶に向かって言っていた。
「何よその目は。」
動かない瞳。動かない燥耶。
「何よ。何が言いたいの。親を殺したくらいで黙ってないで、言いたいことがあるならはっきり言ってみなさいよ!」
「今なんて言った?」
闇のみが広がっていた瞳に浮かぶ強い光。目の前の少年、燥耶から発せられた言葉だと理解するのに、数秒を要した。
「な…何よ。親を殺したくらいで黙ってな…」
「くらい?親を殺したくらいだと?何にも知らねえくせに、偉そうなこと言うんじゃねえ!」
「何よ!みんなして何も知らない何も知らないって。ええそうよ、何も知らないわ!物心ついた時には両親はもう死んでたから、何も知ってるはずないのよ!」
燥耶の少し見開かれた目に背を向け、また駆け出す。足はいつの間にか日が暮れ、雨が降り出していた外へと向かった。今は少しでも遠くへ行きたかった。社を囲む森の入り口で木の根に躓いて転ぶ。冷たい雨に打たれ、全身泥まみれで、起き上がる気力はなかった。沙枝はただ泣いた。涙が出てきて止まらなかった。
その晩は滝のような雨となった。一人の少女があげる大きな泣き声は、激しい雨音にかき消された。




