四
「里、ちょっといい?」
「なんや、真剣な顔して。どしたん?」
「里って、どこの生まれ?」
「前も言うたやろ、西のはずれや。」
「なんでここにいるの?」
「なんでって、色々や。色々あったんや。」
「色々って、何?何があったの?」
それに答える里の目に僅かに失望の色が浮かんだことに、沙枝は気付かなかった。
「沙枝は聞かへんまんまでいてくれると思っててんけどな。
沙枝、私はな、山の麓のムラで生まれてん。いつの時期でも温暖な、暮らしやすい所やった。ムラの人も皆優しかったし、母さん、父さん、五人おった兄弟との生活は毎日楽しかった。
せやけど前の冬、私が母さんに言われて隣のムラまでお使いに行っとった時、信じられへんことに地面がいきなり立ってられへんぐらい揺れてな、すぐ後にものすごい大きい音がしてん。見上げると山が火吹いとってな。目を疑ったわ、こんなことあんねんなって。でもその時、てっぺんの方から灰色の塊みたいなもんが山を駆けおりていくんが見えた。まさしく私のムラの方へ。あれはあかんとすぐに思って、私はムラに走って戻った。ムラへ帰りついた私が見たんは、黒と灰色の海やった。
こうして私のムラの人達は私を残して皆死んだ。遺体は見つからんかったけど、あれに巻き込まれたら無事じゃ済まんことくらい誰にでもわかった。私は一瞬にして、誰のせいという訳でもなく、親しい人々を一斉に失うことになって、一気に頭が真っ白になった。悲しいという感情が湧いてけえへんくらいやった。そんな私をたまたま通りかかった商人のおっちゃんが見かねてな、ここまで連れてきてくれたんや。ここで巫女になれば面倒みてもらえるやろ、ってな。
ここに着いたんは沙枝が来る少し前やった。ここに着いてからは、辛かったことを心の中に閉じ込めて明るく振る舞うようにした。そうせな始まらんと思ったからや。沙枝が来たんは、ちょうどそれが自然にできるようになった頃やな。
沙枝にこんな話したなかったわ。沙枝はそういうんなしで気軽に付き合えると思てたから。今までだって無理に踏み込んでこようとせえへんかったやろ?私すごく助かっててんけどな。私こんな喋り方やし、色んな人に聞かれて、そのたびにこの話すんのほんま嫌やってん。」
里は悲しそうな顔で俯いた。
何ということだ。里がそんな理由で、ここに来ていたなんて。里がムラを失ったときの気持ち。自分がムラを失ったときの気持ち。色んな気持ちが重なり合い、混ざり合い、ぐちゃぐちゃになってしまった沙枝は、思わず普通なら絶対言わないようなことを口にしてしまう。
「…なんでじゃあ話し方を変えないの?人から聞かれるのが嫌なら、それを止めたらいいんじゃない?」
里は目を見開き、叫んだ。
「忘れたくないからや!」
その言葉は沙枝の胸に深く突き刺さった。
「なんやそれ。話し方を変えたら、なんて、この話を聞いた後に本人に言うか?考えたら分かるやろ、普通。察するってやつやん。あのな、私の生まれ育った大切なムラは、未だ私の心の中にあんねん!」
「違う、違うの、里。ごめんなさい、聞いて…」
「違う?何が違うねん。どうせあれやろ、沙枝なんて私の境遇に想像とか全然つかへんねやろ。小さい頃から《守り手》やいうて守られて、何も苦労せんとここまで来たんやろ。そんな奴に私の気持ちなんて一生分からんわ。何も知らんくせに、要らんこと言いなや!」
頭にきた。今まで聞いてれば散々なこと言って。沙枝に頭に血が上り、気付いた時には言い返そうと息を吸い込んでいた。