一
食事を手に自分の部屋へ向かう。扉を開けると、燥耶はこちらを向いて座っていた。やはり目が合う。
「どうぞ。今晩の食事ですよ、燥耶さん。」
燥耶の前に食事を置くも、そちらに目を向けようとしない。
「燥耶さん?どうしたんですか?何か聞きたい事でも?」
こんなことは初めてだ。今まで全く見えなかった燥耶の心が、少し見えてきた気がする。依然として目に光は戻らないが。燥耶はゆっくりと視線を下に向け、食べ始めた。沙枝は少しがっかりしたが、それでも嬉しかった。今までに比べたら大きな進歩だ。気を取り直し、いつも通り今日あった事を話す。《炎花》の事を除いて。何となくすぐには話せなかった。目の前の一人の少年がいなければ、私はここにいなかったかもしれない。そう考えると鳥肌がたった。《炎花》の元まで来てくれたこと。躊躇いなく沙枝の手から《炎花》を奪ったこと。燥耶に聞きたいことは沢山あったが、それらはなかなか口をついて出てこなかった。
食べ終わり、食器を片付けようとして沙枝は手を止める。
「あの…燥耶さん?」
反応はない。沙枝は構わず続けた。
「私があの時…《炎花》を」
燥耶は突然顔を上げる。
「手にした時、燥耶さんは何が起こったかすぐに分かったんですか?」
沙枝は燥耶を見つめる。燥耶も沙枝を見つめる。
数秒の間。
燥耶は沙枝を見つめたまま、微かに頷いた。
沙枝はただ感動した。言葉が出なかった。燥耶と意思を通わせることができた。本当に嬉しかった。
「じゃあ、自分がどうしたらいいのか、もすぐに分かったんですか?」
燥耶はまた頷く。表情はなかったが、目はずっと沙枝に向けられていた。
沙枝はますます嬉しくなって、燥耶へ次々に質問した。燥耶は口を開かず、表情を動かさず、目に光を宿さず、しかし沙枝に応え続けた。
周囲が静まり返り、灯りが全て消えた社の中で一部屋だけ、その晩灯火が消されることはなかった。
翌朝、興奮覚めやらぬまま沙枝は大母巫女の元へと向かう。
「大母巫女様!燥耶さんが私の質問に頷いてこたえてくれました!」
「そうか!よくやった、沙枝。お主の《守り手》としての第一歩じゃな。」
その言葉は沙枝を更に嬉しくさせた上に、心を少し軽くさせた。
そっか。私《守り手》やれてるんだ。今回の事は修練の成果という訳ではなさそうだけれど、これからも頑張ろう。そう思った。
同じことを里にも報告する。里もまるで自分のことのように喜んでくれた。喜びは、興奮が収まった途端に襲ってきた眠気にやられ寝ていたことを母巫女に怒られても、なくならず残っていた。