表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎花流水  作者: くまくま33233
参 宿命
28/159

 さほど広くないその部屋の中央には、祭壇さいだんがあった。上に乗るは、よどみ一つ、揺れ一つ見あたらないどこまでも澄んだ水をたたえた白い容器。その底には一振りの剣が横たわっていた。

 沙枝はその美しさに思わずため息をついた。炎を操るといわれるその剣《炎花》は、その名に反して深いあい色の刀身が冷たい輝きを放つ、細身で長い、まさにこの世に二つとない神剣だった。


「周りを囲んで座ってくれるかの。」


 近くから聞こえた大母巫女の声に、飛び上がるほど驚く沙枝。周囲の状況が全く目に入らないほど我を忘れて見入っていたことに気付き、顔が赤くなった。


「年長の者から持ってみるがよい。わしはここに万が一の為に控えておる。」


 沙枝の隣に座っていた女が立ち上がる。大広間で里に話しかけた女だ。抑えきれない興奮が沙枝の元まで伝わってきた。彼女は祭壇に近付き、《炎花》に向かって手を伸ばしーーーーーーー



 伸ばした手は水に弾かれた。驚きを顔に浮かべた彼女はその後何回か手を伸ばすが、やはり水に弾かれた。まるでそこにあるのは壁であるかのように見えた。


「こういうことじゃよ。」


 大母巫女は口を開く。その表情は少し面白がっているかのようだった。


「誰にも《炎花》は持てん。手が届かんのじゃよ。まれに水面に波紋を立てるところまでいく者もおるがその程度。じゃからわしは大丈夫と言ったのじゃ。」


 祭壇を囲む女達は順に《炎花》へ手を伸ばすも、皆水で弾かれる。水も、その先にある《炎花》も、何事もなかったかのようにそこにあるだけだった。

 里の順番がやってきた。里はやや緊張した面もちで前に出ると、手を伸ばした。今までの誰よりも水面近くへとその手は近付き、そして本当に微かに、水面に小波が立つ。誰よりも里が一番驚いていた。


「ほう。里、そこまで行きおったか。十年に一人か二人くらいじゃよ。お主には素質がある。」


 里はとても嬉しそうに戻ってきた。そして最後は沙枝である。先程里が立てた波はもうおさまっており、《炎花》は変わらずそこにあった。

 吸い込まれるように、無意識の内に、沙枝は手を伸ばす。沙枝には《炎花》しか見えていなかった。《炎花》と沙枝の二つの存在だけになった世界の中で、呼ばれるままに、今までの女達がどうだったかなんて全て忘れ去って、ただ当たり前のように、引き寄せられるように。


 沙枝の手は何の抵抗もなく水の中へ入り、《炎花》を握りしめていた。


 ほとんど無意識のまま、沙枝は《炎花》を水の中から引き揚げた。今まで水に浸かっていたはずの刀身は全く濡れていない。見た目よりもずっと軽いその剣に、沙枝はただただ目を奪われた。


 その部屋は静まりかえっていた。光のささない室内で、一振りの神剣と、それを握る少女が、自ら光を放っているのを、誰もが言葉をなくし、ただ呆然と見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ