六
「せやけど、《遣い手》と同じ部屋て凄いなあ。私には無理やわ。」
「何で?燥耶さんって自分から動こうとしないし、むしろなんだか子供みたいだよ。」
「いやそうなんかもしれんけど、何かこう、圧力?みたいなものをそばにおるとひしひしと感じひん?私同じ部屋におったら耐え切れずに逃げてまうと思うわ。」
「そこまでかなあ?私は大母巫女様からの方が断然そういうの感じるけどな。」
「いや大母巫女様からも勿論感じるけど、《遣い手》のそれは次元が違う。もっとこう…直接神とつながってるっていうんかな、そんな気する。」
「そうなのね。私には分からないわ。」
「そっか。それを感じずに接せるってだけでも、やっぱり沙枝はなんか特別なんやなって思うわ。《守り手》なんやなって。」
里に真面目な顔でそう言われ、沙枝は思わず頬を染めた。
「そ、そんなことないよ…。
それより私は、燥耶さんの目の方が怖いな。見たことない?」
「目?見たことないなあ。彼私の方向いたことないし、第一さっき言うた得体の知れんもんのせいで覗き込めるほど近づかれへんしな。多分目なんて見てんの、沙枝だけと違うかな。」
「そっか…。あのね、燥耶さんの目って、光がないの。中身が、そこに魂がないの。あるのは吸い込まれそうな闇だけ。私、あんな目をしてる人初めて見た。」
「そうなんや。実際見たら怖いんやろなあ。やっぱり、心が死んでんねやろな。」
その言葉に、沙枝の心は冷える。心が死んでいる。それはもう一生直ることがない、取り戻しようがない、という宣言に聞こえた。
食事を持って部屋に戻ると、燥耶はやはり朝見た時と同じ体勢でそこにいた。里の言った逃げ出したくなるほどの圧力は、沙枝を襲うことはなかった。
初めて会った時に、畏怖のような感情を抱いたのを思い出す。それは消えてしまった訳ではない。しかしそれは、燥耶と過ごすこの空間の中に織り込まれ、今や沙枝が心地良いと感じる空気の一部分でしかなかった。
「燥耶さん。食事持ってきましたよ。」
反応はない。毎日見る光景に今日も密かに落胆しながら、燥耶の手を引き食事の前まで連れてきた。ふとその目を見る。波紋すら落とさない、灯火すら映さない、二つの穴がそこにはあった。どうにかならないのか。それは今まで何度も抱いてきた、答えの見つからない問いだった。自分の無力さに腹が立った。
翌日の昼は母巫女の話だった。
「我々巫女がここで修練を積む目的は、神々の声を聞く、ということです。流石にいつでもそれを聞ける、という域までお達しになったのは現在の大母巫女様ただ一人ですが、我々もそれを目標に、日々努力しているということです。
ところで我々一般の巫女でも何かを感じられる程のお告げがあったことは何度かあります。一番最近は、《炎花の遣い手》が生まれた時です。」
隣の里がちらりとこちらを見たのを感じた。




