五
食堂へ向かうと、そこには沢山のくつろいだ様子の巫女達がいた。先程の大広間とは空気が違う。それぞれ喋りながら楽しく食事をしている様子を見て、この神聖に見える人達も、そもそもはただの一人の人間なんだな、と思った。机の間を縫って食事が供される奥へと向かう。そばを通った巫女達に噂されている気がした。ここに溶け込む日はくるのだろうか。食事を二人分受け取った沙枝はその場からそそくさと退散した。
部屋に戻ると燥耶は、初対面の時と全く同じ体勢で座っていた。今度は沙枝が部屋に入ってきても反応がない。沙枝は少しがっかりした。食事を置き、燥耶に近付く。
「燥耶さん、夕食ですよ。こちらへどうぞ。」
沙枝は一つ、決めていることがあった。それは、なるべく沢山燥耶に話し掛けるというもの。たとえ反応がなくとも、これはずっと続けてあげようと思っていた。
手を取って食事の前まで引っ張ってくると、燥耶は表情はそのままに食べ始めた。その様子に沙枝は、ちょっと和む。そうだ、燥耶も普通の少年なんだ。
「ごちそうさま。美味しかったですね。」
沙枝はそう言って微笑む。燥耶もこちらを見た。目が合ったのは一瞬だったし、底のない闇のような瞳にはやっぱり怯んだけれど、それでも嬉しかった。
「片付けて、布団敷きますね。」
沙枝は何かやる気のようなものが湧いてくるのを感じた。
次の日から、怒濤のような忙しい日々が始まった。
朝、といってもまだまだ暗い中叩き起こされ、燥耶を起こして布団を畳み朝食をとると、朝駆けして、お話を聞いて、掃除をして、講義を受けて、学術を習って、洗濯をして、あっと言う間に日没。毎日泥のように疲れたが、充実していた。
どんなに疲れが溜まっていても、燥耶との食事の時間は大切にした。その日一日あったことを話しながら食べるのは、たとえ反応がなくとも、なんだか楽しかった。いつの間にか燥耶と二人での食事の時間が、日々の癒しとなっていた。
毎日を大勢で過ごしていると、やっぱり誰かしらとは仲良くなる訳で、沙枝も一人いた同い年の子とよく話すようになっていた。名前は里。同い年であるからか、二人の行動するパターンはほぼ一緒であり、自然と日々の苦労や母巫女達の愚痴を言い合う仲になっていたのだった。ある日その里が沙枝に聞いてきた。
「沙枝ってさ、いっつも食事どっかに持って出るやん。どこで食べてんの?」
最初に里が話し掛けてきた時はその口調に驚いたものだ。里いわく、西のはずれの生まれなんだそうだ。何故ここにいるのだろう。いつか聞いてみようと思っていた。
「自分の部屋だよ。」
「えーっ、そんな。一人?寂しいやん、一緒に食べようや。」
「ごめんね。自分の部屋で食べろって大母巫女様に言われてるの。それに一人じゃないしね。」
「そうやったん?何で、どういうこと?」
「私、燥耶さんと同じ部屋なの。食事も燥耶さんと二人でとってるのよ。」
「燥耶さん?…あっ、《遣い手》か!なるほどな。そうや、沙枝って普通の子やしすぐ忘れてまうけど、《守り手》やねんもんなあ。」
その言葉に、沙枝は苦笑する。それは自分も思っていることだった。毎日修練を積んで感じるのは、自分は本当にただ一人のちっぽけな少女なのだということ。怪我もするし、ドジも踏むし、何より《守り手》としての力なんて一つもない。大母巫女に告げられた時に感じたものは何だったのか、という疑問は常に、沙枝の心の中に引っかかっていた。




