三
「よくぞ言ってくれた。ではまず…そうじゃのう。一度燥耶と会ってもらうとするかの。」
「燥耶…?もしかして、燥耶というのは…」
「左様。現在の《炎花の遣い手》じゃ。お主が《守り手》として目覚めていない今、引き合わせたところで何も起きんじゃろうが…。
そうじゃ!お主には修練の傍ら、燥耶の相手をしてもらおうかの。一緒におる時間が長い方が、きっと真の力の発現の助けになるじゃろうしな。」
「相手…?どういうことでしょうか。」
「お主はまだ燥耶に会っておらんからの。訝るのも無理はないて。
沙枝。《炎花の遣い手》にはな、その能力を遺憾なく発揮するために執り行わなければならない重要な儀式があるんじゃ。まあ色々と手順だのしきたりだのあるが、要は何をするのかというと、後顧の憂いを絶つということなんじゃろう、
《炎花》を用いて、自らの手で両親を殺す。
というものじゃ。《炎花》はそれ自身が一本の剣。炎を操る能力が発現していなかろうとも、無抵抗の者を二人殺すくらいなど、造作もないことのはずなんじゃ。
燥耶も一つ前の春に、この儀式を行ったんじゃが…。両親の前で涙を流しながら《炎花》を握り、なおも殺すのを躊躇う燥耶に同席していた夜継がしびれを切らしてな、彼の腕をとって斬らせてしまったんじゃ。その瞬間、燥耶は完全に心を閉ざした。耐え切れなかったんじゃろう。生きてはいる。食事も出されれば食べるし、健康的な問題はさほど無い。しかし一切声を発することは無い。他人からの呼び掛けにも反応しない。まさに命のみつないでおる状態なんじゃ。」
「そんな…。ひどい…。」
「夜継も嘆いておったよ。勿論、燥耶が心を閉ざしてしまったことに対してではなく、《炎花》の力が手に入らなかったことに対してじゃがな。」
夜継とは人の皮を被った悪の塊なのだと真面目に思った。
「話を戻すがな、沙枝。今燥耶はこの社の中で保護しておる。お主の部屋を彼と同室にしよう。彼と同じ部屋で寝起きし、彼と一緒に食事をとるのじゃ。いずれ燥耶がお主にだけでも心を開いてくれると良いんじゃがのう。」
大母巫女は話は終わったとばかりに手を叩く。すると巫女が一人、社の方からやってきた。その巫女に大母巫女は命じる。
「その者を燥耶のもとへと案内しておあげ。」
「かしこまりました。こちらへ。」
沙枝は案内を始めた巫女についていく。ふと振り返ると、大母巫女の姿は消えていた。
あのお方もまた、人間ではないのかもしれない、と思った。
「こちらです。」
社の中をかなりの距離歩いてようやく辿り着いたのは、縁側のついた日のよく当たるさして広くない部屋だった。縁側に、一人の少年が腰掛けている。沙枝には彼が、淡く光を纏っているかのように見えた。自分が《流水の守り手》だと告げられた時と同じ震えが、沙枝の身体に走る。同い年の少年にこんな畏怖のような感情を抱くなんて。不思議な気分だった。
と、その少年、燥耶が物音に気付いたのか、沙枝の方を振り返った。沙枝は燥耶と目が合い、そして息を呑んだ。
そのぽっかりとあいた穴のような瞳には、どんな光も宿ってはいなかった。