一
社の奥に、回廊でつながった小ぢんまりとした建屋があった。沙枝はその建屋の小さな前庭となっている場所に正座させられた。下は白い砂利だったが、ちゃんと敷物があった。
ほっとしながら腰を下ろし顔を上げると、もうここまで沙枝を案内してきた女達はいなくなっていた。急に心細さを感じる。狭く、知らない空間に一人。自分ではどうしようもなかったとはいえ、こんな所まで来てしまったことに、ある種の感慨を覚えた。
と、庭を見回していた沙枝は、音はなかったが、なにか強大なオーラのようなものを感じて振り返った。建屋の中に老女が座っていた。かなり年老いている。が、目に見えるかと錯覚するほどのただならぬ気配が全身からしており、小さな老女がとてもとても大きく見えた。
「ほう。わしが意識を向けさせる前に気付くか。ここに長くいる巫女でもなかなか気付かんというに。やはり生まれというものは大きいのかもしれんな……」
動けなくなっていた沙枝だったが、何とか頭を下げる。
「頭を上げよ」
沙枝は驚いた。先程から一度も目を開けていないのに。見えているとでも言うのだろうか。
「ふむ……シノミ、族の……沙枝、か……」
口を開けて呆然としてしまう沙枝。一言も私は発していないはずだが。
「な……どうして……?」
「ふふ。わしにはな、“見える”んじゃよ、沙枝。
さて沙枝。何故ここへ連れて来られたのか、わかっているかね?」
「いえ……、全く分かりません。」
「ふむ。であろうな。ではまず、わしの昔話でも聞いてもらおうか。
昔々、考えられないくらい遠い昔、神々はこの地上を歩いておられた。
その時地上には生き物がいなかった。
神々はこの地上を、沢山の命で満たされた平和で豊かな楽園にしようとお考えになり、様々な特徴をもった生き物をお創りになった。
そして最後に私達人間をお創りになられた神々は、その人間にある使命を託した。
我々神がこの地上にこのまま居ては、生き物達の繁栄の妨げとなる。そこでもし、平和で豊かな楽園であるこの地上を乱そうとする者が現れた暁には、人間がそれを駆逐すべし、と。
そのための武器として、神々は人間に、一振りの剣を授けた。
その神剣の名を、《炎花》という。
以来、神々が《炎花》を用いるべき時と判断されると、人間に《炎花の遣い手》が生まれ出るようになった。
過去何度か《遣い手》は現れ、その度にこの地上という楽園を守るという役目を果たしてきた。
しかしある時、《炎花》の暴走が起こってしまった。
《炎花》はその名のごとく、炎を操る剣。
地上を守るために乱戦を戦いぬいた当時の《遣い手》は強く、やがてその戦を制したが、その強さの余り周りの森林や草花まで焼き尽くしてしまい、地上はほとんどが焼け野原と化してしまった。
その様に神々もお心を痛められ、次に《炎花の遣い手》が現れた際には、一緒に《流水の守り手》も生まれ出るようになさった。
二人が揃った時、《炎花》の真の力が解放されるという。
以来一度も《遣い手》は現れておらなかったと伝わる。しかしまだ記憶に新しい程に前、神々はわしに《遣い手》が現れたとお伝えになった。《遣い手》はその後ミヤコの中ですぐに見つかったが、初の《守り手》であるはずの赤子はミヤコの中では見つからなかった。
わしは《遣い手》が十分に成長し、その役割を果たしてくれるようになるまで《守り手》を探すのをやめた。これが神々の思し召しならば、いつか必ず、わしの前にその子は姿を現すだろうと思ったからじゃ。そしてその瞬間は、今まさに訪れた。
沙枝。そなたが初の、《流水の守り手》じゃ」




