一
「おーい。沙枝?」
親友の咲、幸の二人から掛けられた声で、沙枝は物思いから覚めた。
「最近ぼーっとしてること多いよね、沙枝」
「そうそう。この間も、話してる最中なのに空見上げて固まっちゃってたし」
「もしかして沙枝……恋わずらい?」
「違うよ!」
二人の勝手な想像を急いで否定する。
「またまた必死になって」
「これは重症かも……」
「もーっ。怒るよ!」
きゃーっ、と黄色い声が、ムラに響いた。
沙枝が暮らすのは、海沿いの、小さな小さな、シノミ族のムラである。
同年代の女の子といえば、自分を除くと咲、幸の二人だけだったため、本当に小さな頃から親友として仲良く遊んでいた。そんな三人も、もう数えで十四。そろそろ祝言を考える年頃であり、寄ると触ると恋の話が始まってしまうのも致し方無いだろう。
「ほらほら、誰?言いなさいよ。真人?高近?あ、もしかして隣のミマ族の男とか?」
「だから何度も言ってるでしょ。私恋とか実感湧かないし、誰のことが好き、とかもわからないの」
首を振りつつ答える。短く切り揃えられた髪が揺れた。
そうなのだ。祝言と言われても、そこに自分を重ね合わせることができない。
ずっと先の話だろう、と漠然と考えていただけだった。
沙枝が、何気ないとき、洗濯しているとき、話しているとき、ふと手を止め考え込んでしまうのは別の理由。
不安。
今までもふと胸騒ぎを覚えることはあった。昔からカンが働く方で、いつもすぐ後に川で転んでけがをしたり、高熱がでたりした。しかしここのところ感じているものは、今までの比ではない。沙枝は大きな災厄に飲み込まれそうな不安で頭がいっぱいだった。
二人は感じないのだろうか。のんきにこんな会話をしていて良いのだろうか。どこかへ逃げなくてはいけないのではないか-------
「ほらまた。もう言い逃れ出来ないわよ」
「白状なさい。美しいあなたの心を惑わすそのお人を」
沙枝は苦笑しか出来なかった。
その時、風に乗って心地よい香りが漂ってきた。姦しく沙枝を責め立てていた二人もふと口を噤み顔を見合わせると、互いに笑顔になり駆け出した。
「行こう、沙枝!」
「うん!」
沙枝も気付けば笑顔になり、先ほどの不安も心の隅に追いやられていた。
小さなのどかなムラに、今度は少女達の笑い声が響いた。