九
沙枝は闇に包まれた小さな牢の中で、一人座っていた。暮れゆく河原より一人連行された沙枝がこの小さな牢に放り込まれてから、もうかなりの時間が経っている。
沙枝は落ち着かなかった。なんでも、このクニでは大抵の罪人が処刑か労役かのどちらかになるということで、牢に長期間入れられる人間などほぼ皆無なのだそうだ。実際、いくつかの牢が並ぶこの建物の中には沙枝以外一人もいなかった。
沙枝の処遇は変わらない。先程、処刑が取り消しになった訳ではなく、《忌》令が解除され次第すぐに執行される予定であるとの説明を受けた。予想はしていたが、やはりもう一度裁きを受けたかったと沙枝は思った。これでは死から逃れられない。悶々として眠れないまま、時間だけが過ぎていった。
牢での沙枝の日々が五日を数えた頃、騒がしい声が聞こえた。
「囚人に用があります。通しなさい」
「しかし、皆様方にお入り頂くような場所では……」
「良いのです。大母巫女様に許可も頂いております」
ついに来たか、と沙枝は思った。やはり死からは逃れられなかったのだ。今日処刑が執行されるに違いない。
足音に顔を上げる。そこには巫女装束に身を包んだ女が三人いた。皆それなりに年を取っているように見えたが、背筋はきっちりと伸びていた。三人は沙枝を見ると、目を見合わせ頷いた。
「間違いありません。彼女は連れていきます」
「し、しかし!」
「心配ありません。王には私共から連絡しておきます」
見張りの兵にそう告げた女は沙枝の方を見た。
「貴方、名前は?」
「さ、沙枝、です」
「沙枝。貴方を今から大母巫女様のもとへと連れて行きます。ついてきて下さい」
沙枝は目を見開く。どういうことだ。
「待って下さい!私、処刑されるんじゃ……」
「今後貴方をどうするのかは大母巫女様が決めることです。とにかくついてきて下さい」
急な展開に頭がついていかないまま、女達の後ろを歩く。彼女らの歩く速度は速かった。ペースを落とさずにどんどんと進んでいき、夜継のいた建物の裏手まで来た。森の中へ小道が延びる。女達はその小道に沿って何の躊躇いもなく森の中へ入っていった。
深い森だ。昼だというのに薄暗く、何より静かだった。
歩き続ける沙枝の前方に社が見えた。そこだけ木々がなく、日の光に照らされている様はとても神聖だ。何人もの巫女が立ち働いているのが見える。前を歩く女が口を開いた。
「あの社の奥に大母巫女様がいらっしゃいます。ご対面の際はくれぐれも失礼のないように」
沙枝は夜継と話していた時とは別種の緊張を感じた。