八
「中止ー!
処刑中止です!取りやめて下さい!」
白銀の輝きを映す刀が、沙枝の首筋に吸い込まれる直前で止まる。放たれる冷気を感じられる程近くでピタリと止められた刀に目を向け、沙枝は思わず詰めていた息を吐いた。
夜継がかなり不満気な表情で顔を上げる。そこへ群衆の輪をかきわけ、巫女装束を着た少女が飛び込んできた。口上を述べた男が問い正す。
「何事だ」
少女は懐から布を取り出し広げた。布には大きく《忌》の一字。右下には血判が押されている。周りを囲む群衆がどよめいた。
「先程大母巫女様より《忌》令が発せられました!戦、刑の執行を含む全ての殺人を、令が解除されるまで禁止とします!」
河原の惨状に顔を青ざめさせながらも気丈にも声を張り上げた少女は一礼するとまた駆け出していった。河原にしばし沈黙が流れる。夜継はしゃがみこむと、沙枝の耳元で囁いた。
「王たる俺でも、大母巫女の令には逆らえん。命拾いしたな」
そう言い残し立ち上がると、沙枝に凍るような一瞥をくれて去っていった。群衆や他の二人は、それで呪縛が解けたかのように我に返る。
「し、処刑中止とする。残り一名は追って沙汰がある。しばらくここで待っていろ」
周りを囲んでいた群衆も、盛んに話をしながらも去っていく。口上を述べた男の方が駆けてゆき、刀を持つ男と二人、沙枝は河原に残された。
助かった。助かったのだ。ようやく実感が湧いてくる。もしかしたら数日命が延びただけかもしれないが、それでも嬉しかった。まだ私は死ねない。諦めたらそこで終わりだ。私に出来ることを考えよう。そう思った。
日も落ち、闇に沈んだ部屋の中で、老女は座っていた。開いた目の中には白濁した瞳。見えているはずのないその瞳で、老女は全てを“見て”いた。今この建物に若い男が近づいてくることも、老女には“見えて”いた。
戸を開け、その若い男、夜継が部屋へ入ってきた。老女の前に正座する。
「夜継よ。何用じゃ?……まあ来るとは思っておったが」
「大母巫女様。此度の《忌》令発令の由、お聞かせ願いたい」
「このところ王都に、《流水の守り手》が到着した。誰、とまでは特定できておらんが…。お前に殺されてはたまらんからな。安心せい。今巫女共が探しとる。じきに見つかるて」
「してその者、どのような……?」
「あやつ……《炎花》と同い年じゃ。十四、五の少女だのう」
夜継の瞳が、微かに揺れた。
「《炎花》と《流水》が二人揃う……。更に我がクニは安泰でしょう。
なるべく早く令を解除していただくよう、伏してお願い致します」
「心配は要らぬ。見つけ次第解除致す」
夜継は深く頭を下げると去っていった。
再び周囲から気配がなくなった頃、老女は呟いた。
「わしは神の声をただ伝えておるだけじゃ……。二人揃った時何が起こるかなど、わしには分からぬ。夜継よ。お前の思い通りには、ならんかもしれんぞ……」




