二
大変遅くなってしまい申し訳ありません。先週木曜更新分です。
「さて、行こうか」
それまでの何だか重かった沈黙からは想像もできないほど軽く、淡々と燥耶はそう言った。感情を殺すことで、何かを振り切ろうとしているのだろうか。
「ついに来たね。……来ちゃったね。この時が」
「ああ。……俺の好きな言葉に、こんなものがある。『来るものは来る。来た時に受けて立てばいいんだ』ってな。何も考えず、自分たちがなさねばならないことに向かってただ突き進もう。それが、俺たちが今、やるべきことだ」
返事を返さないまま、沙枝は頷いた。こちらを向いて言葉を重ねる燥耶がとても強く見えて。自分が口を開けば、心の中の弱いところが全てさらけ出されてしまう気がしたから。
「ここでのあとのことは、大母巫女様に任せればいいだろう。俺たちは作戦通り、夜継の元へ向かうぞ」
「うん。……行こっか」
太陽が昇ろうとしている。運命は確実に動き始めていた。
支度はすぐに済んだ。持っていくものなど、燥耶の《炎花》だけ。最早慣れ親しんだ部屋にも別れを告げ、廊下に出たところで二人は呼び止められた。
「沙枝!」
「里! わざわざ来てくれたの?」
「もう行ってまうねやろ? その、なんか、二人とも深刻そうやし、あの……最後に、なってもたら困るなと思って」
「……ありがとね。私、里にいっぱい助けられたよ」
思わず目の前が霞んだ。最後になるかも、というのは分かっていたことだったが、敢えて意識しないようにしていたのだ。縁起が悪いように思えたし、泣いてしまいそうだったから。それでも、言われてしまうと意識せざるを得なくなる。燥耶と二人、里に別れを告げられる。以前の戦の前の光景と重なってしまい、気付いた時には涙は目尻から溢れる寸前だった。
あの戦の時も、私は決死の覚悟だった。もう二度と帰ってこられないかもしれないと思っていた。それでもまた沙枝は、燥耶とともに、この社に戻ってくることができた。だったら、今回だって、もう一度ここに帰ってくることができるだろう。目の前の里の姿に、そう気持ちを切り替えて。
「それじゃ、行ってくるね」
里にも、そしてこの社にも、もう一度別れを告げた。
「……無理せんでな。前に戦に行く前、私と約束したん覚えとる?絶対帰ってきてって。したら、ほんまに帰ってきてくれた。せやから、もう一度。……何しに行くんか知らんけど、気ぃ付けてな。絶対、また戻ってきてな」
沙枝はその言葉にしっかりと頷くと、振り切るように全てに背を向けた。今回の見送りは里一人。それでも、里がいてくれることが幸せだった。
社を出て、夜継の居所の正門へと向かう。二人の間に会話はない。とても口を開くことのできる気分ではなかった。胸の鼓動がやけに大きく聞こえ、手のひらはじっとりと汗ばんでいる。これ以上余計なことを考えないように、心を無にして足をただ前に運ぶ。初めは心なしか早足だったが、目的地に近づくにつれてだんだんとゆっくりになっていった。
勝負を前に進みが遅くなる二人の横を、武装した男が一人、全速力で通り過ぎて行く。
「あれって……」
「そうだな。……始まるぞ」
夜継にも情報が伝わる。戦いの舞台は整った。




