九
部屋に戻ると、湯気が立っている夕食が置いてあった。それを持ってきたはずの里はいない。気を遣ってくれたんだろうか。思わず苦笑してしまった。里らしいけど、そんなことしなくてもいいのに。
「ご飯食べよっか」
隣にいる燥耶に声を掛ける。燥耶は黙ったまま、ゆっくりと頷いた。
「なあ、沙枝」
食べ始めてすぐ、また燥耶の方から話しかけてくる。
「なあに?」
「……なんで断ったんだ?」
何を、とは言われずとも分かった。そしてその問いに対する答えを、まだ沙枝は十分に用意できていない。
黙ったままの沙枝に、燥耶は更に言葉を重ねる。
「俺が言うのも変な気がするが、響夜は本当にいい奴だと思う。優しいし、里のためにムラを立て直す際の旗振り役になるくらい人間として出来た男だ。……でも、その響夜が伸ばした手を、沙枝は掴まなかった。俺は、その理由が知りたいんだよ」
それでも沙枝は、しばらくの間黙していた。とても身勝手なことは自分でも分かっていたが、なんだか自分が、しかもよりによって燥耶に、責め立てられているようで気に入らなかった。
「そんなこと分かってる。響夜は優しいし格好良いよ」
「なら……」
「それでも私にはその手を掴まないだけの理由があったの。それだけじゃだめ?」
「いや、そこまでではないけど……」
思わず語気が荒くなってしまった自分も、気に入らなかった。その後に気まずい沈黙が続いてしまうのが分かっていても、止められないものだ。何故なんだろう。何故、響夜と燥耶の関係の話になると、自分の感情をすぐに抑えられなくなるんだろう。まるで心の中にもう一人、いつもの自分とは全く違う自分がいて、そういう時だけ自分を乗っ取ってしまうようだった。
「えっと、……なんか、ごめんね」
何だか申し訳なくなり、燥耶に謝ってしまう。
「いや、沙枝が謝ることはない。むしろ謝るべきは俺の方だ。……ちょっとぶしつけな質問だったな。忘れてくれ」
「……うん」
なんで分かってくれないんだろう。そして自分はなんでこんなことでここまで腹立たしく思っているんだろう。良く分からない。ここのところ良く分からないことばかりだ。燥耶のことが好きだと気付いた時は、道がはっきり見えた気がしたのに。何だかがっかりしてしまった。
その部屋のすぐ外、廊下にて中を伺う影。
「んーっ!もどかしいな!」
里だ。
「この二人はあほなんか!?いやそうやな、あほやな!二人とも気持ちははっきり持ってるやんか!言うてまえばええのにー!」
あくまで小声で、二人のことを覗きながら叫ぶ。一応気遣って二人きりになれるようにしたものの、どうしても気になって覗きにきてしまったが、今までのやりとりはどうにも歯痒いものばかり。
「かといってなー、ここで私が入るんもなー。あーーっ、めっちゃもどかしい!いけや!言うてまえや!」
余りのもどかしさに身悶えする様子は、もしその姿を見た者がいたならばすぐに不審者と断定するほどに挙動不審だった。




