五
焦りを覚える。ここで何があったのか、すぐに答えてしまうのは簡単だ。しかし燥耶は、響夜のことを聞いた時の里の顔を思い出していた。どうしてこんなことになってしまったのか。誰が悪い訳でもないのに、心苦しくなってしまう自分がいた。
「沙枝が教えなかったんなら、俺も言わない。もう一度沙枝に直接聞いてみてくれ」
「まあ、そうなるやろな。ええよ、最初からそう言われる思てたし。……さっきも言うたけどな、周りから見てた方がよう分かることってようけあんねん。私から確実に言えることは、沙枝は燥耶さんのことしか目に入ってへんってことや」
「……そんなの、分からないじゃないか」
「そら確かに燥耶さんにとっては不安になるとこかもしれへんけどな、ちょっと見ればすぐに分かることやで。当事者である燥耶さんにはなかなか分からんのかな」
「分からないよ、少なくとも俺には」
「それで?わっかりやすい燥耶さんはどうなん?沙枝のこと、どう思ってんの?」
「……どういう意味だよ」
「いやいや、ここまでの話の流れから言って一つしかないやん。好きなんやろ?沙枝のこと」
「……」
「図星かいな?」
「……まあ、そうだな」
「はーっ、ええなあ、沙枝は。私とはえらい違いや」
「え?」
「沙枝も燥耶さんも二人とも私に隠そうとするなんて、もう何があったか分かってまうようなもんやん。……響夜さんも、沙枝のことが好き。そんなとこやろ」
思わず里の顔をまじまじと見てしまう。里は明るく笑っていた。想い人に気持ちは伝わらないと分かってしまったのに、今までと変わらない笑顔で。
「……何で、笑っていられるんだ」
「そら、しゃーないからやん。他人のこと好きになる、そんなん制御できるもんとちゃうやろ。ええねん。私は響夜さんのことが好き。その自分に、満足しとるから。いつか振り向いてくれれば嬉しいけど、そうじゃなかったからって響夜さんのことも、自分のことも、嫌いになることなんてあれへん」
言葉が出なかった。目の前にいる里を、何故か直視できない。
「それで?そんな燥耶さんは何をするべきなん?」
「……取り敢えず今晩、ゆっくり話をしてみる」
「……まあ、燥耶さんと沙枝ならそうなんかな。がんばりや」
「……ありがとう」
「礼を言われることちゃうて。ほな戻るわな。あーあ、こら母巫女様に怒られてまうわ」
そう言って里は振り返ると行ってしまった。燥耶も振り返り沙枝が消えていった方を見る。もう一度、沙枝とちゃんと向き合ってみよう、そう決意を胸にして。
「かっこつけてもたわ……。そんなん、悲しいに決まってるやん。私は負けてんで。大好きな沙枝に。絶対に恨むことなんてでけへん相手に。こんなん、ただ私がひたすら悲しくなるやつやんか……」
燥耶の家に着いた。昨日で学んだ沙枝は、最初から全力で戸を叩く。
「おはようございます!沙枝です!」
「おはよ、沙枝」
いきなり中から出てきたのは響夜だった。会って何を言おうとか、そもそもどういう顔をとか、そんなことが全て頭から吹っ飛び、沙枝の脳は活動を停止した。




