三
二人無言のまま社まで戻る。部屋の戸を開けると、中の様子が目に入るよりも前に里が沙枝の胸元に飛び込んできた。
「沙枝!良かったー!帰ってきたー!」
「さ、里。ごめんね、心配かけたよね」
「夕食持ってきたら部屋は真っ暗で、燥耶さんの『沙枝が帰ってこないから探してくる』っていう書置きだけあってんで!そら心配するって!」
「うん。ほんと、ごめんね」
「でも、沙枝が何ともなく帰ってきてくれたならええわ。なあ、燥耶さん」
ここで里は燥耶に話を振る。沙枝が止める間もなかった。燥耶は呼びかけられて初めて社に戻ってきていたことに気付いたかのように、辺りをゆっくりと見回す。返答までに、不自然に長い間が空いた。
「……ああ、そうだな」
そう言うと、燥耶はその場に座り込んでしまった。
「なあなあ沙枝」
明らかにおかしい燥耶の様子に、里は沙枝に耳打ちしてくる。
「……なあに?」
「燥耶さん、どう見てもおかしいやん。なんかあったん?」
「それがさ……。分からないんだよね。すごく遅くなっちゃったことに怒ってるのかと思ったらそうでもないみたいだし。朝は別に普通だったんだけど」
「そもそも、燥耶さんとどうやって合流したん?」
「今日は響夜と出かけてたんだけど、燥耶の家の前まで帰ってきたら燥耶が門の前に座ってたの。その時にはもうこんな感じだったよ」
「門の前に座っとった?もうその時点でおかしいやん。したらその前までに何かあってんやろな」
「うーん。でも、ほんとに心当たりがないんだよね……」
「響夜さんとは?なんか変わったことなかった?」
「響夜と……?」
響夜と、変わったこと。脳裏に、優しい笑みを浮かべる響夜の姿がよぎった。燥耶の様子に気を取られ考えを整理できていなかったことを今更ながらに思い出した。
「うーん、特にはないけど……?」
さっき燥耶に返事した時よりは、自然に返せただろうか。今のこの状態では、響夜と何があったのか、冷静に他人に話せそうになかった。
「……そうなんか」
里の返事に少し間があったのが気になったが、突っ込まないでいてくれたことに胸を撫で下ろした。
「そやな、したら私にはもう分からんわ。取り敢えず今日はもう寝るべきや。もう遅いし、沙枝も疲れたやろ?」
「うん。ありがとね、里。こんな夜更けまで待っててくれて」
「ええって。ちゃんと帰ってきてくれてなによりや」
里はこちらに笑いかけると、燥耶の方を向く。さっき座り込んだ姿勢のまま、燥耶は全く動いていなかった。
「じゃあ、これで私は戻るわ。夕食ももう冷めちゃったし、持って戻るわな。二人とも疲れとるやろし、もう寝たらええわ」
「……ありがとう」
燥耶がすぐに返事してくれたことにほっとした。
「ほなな。また明日」
「うん。じゃあね」
「ああ」
里が部屋から出て行った。音のない状態に戻る。
「……それじゃ、寝よっか」
「……ああ」
それだけでも言えた自分を褒めたい気分だった。
横たわってからも、考えてしまうのは響夜のこと、そして燥耶のこと。こうなってしまっては、これまでのままの三人ではいられない。朝、どんな顔をしてまた響夜と会えばいいのだろう。その答えは、闇に問いかけてみても、みつからなかった。




