二
大変遅くなってしまい申し訳ないです!
土曜日更新分です。
「じゃあね、沙枝。また明日」
不自然に長く三人の間に揺蕩った沈黙は、響夜のこの声によって破られた。さっきに続いて、明るい声だった。
「……うん。また明日」
燥耶は何も言わず、背を向け社の方へ歩き始める。沙枝もそれ以上続けることができず、急いで燥耶の後を追いかけた。駆け足でもなかなか追い付けないほど、燥耶の歩みは速かった。
「……はは」
ここにまた一人、乾いた笑いをもらす者がいた。自分でも気付かないままに、血が滲むほど強く拳を握りしめて。その手を頭上に振りかぶって。力なく下ろした。
「……分かってたはずだよな、僕」
沙枝の気持ちには気付いていた。この告白がまさしく自分のわがままそのものであり、自己満足に過ぎないことも、受け入れられるはずがないことも、十分に理解していたはずだった。
「なのに、なんで」
こんなにも胸が苦しいのだろう。気を張っていないと、涙がこぼれ落ちそうになっているのだろう。
「こんなんじゃ……」
そう。こんなのでは。
「気持ちを伝えて良かったって、思えないじゃないか……」
後悔しないと決めたのに、今まさに後悔に呑み込まれそうになっている。
すぐ後ろで、門が開く音がした。
「きょ、響夜様!お帰りなさいませ。先程若様がいらして、沙枝様が……」
「沙枝なら今帰っていったよ。燥耶と一緒に」
「左様でございますか!よかった……」
「春則」
「何でございましょう」
「しばらく、一人にしてくれないかな。僕が入る時に戸締りもしておくから、鍵も開けておいて。もう遅いし、春則は寝るといいよ」
「響夜、様……?何か、あったので……?」
「春則」
「……かしこまりました」
ゆっくりと戸が閉まる。堪えきれなかった涙が一滴、路に跡を残した。
「燥耶!待ってよ、燥耶!」
駆け足で追い縋っても、全然追い付くことができない。後ろを振り返ることなくずんずんと進んで行ってしまう燥耶は、何かから逃げ出そうとしているようだった。
「私疲れたよ、待って燥耶。ねえ、どうしたの?」
ここで燥耶は急に立ち止まる。必死にその背中を追いかけていた沙枝は、ぶつかりそうになってしまった。
「今日、どうしてこんなに遅かったんだ?」
「咲が病気になってたの。今日は一日中看病してた。ごめんね、燥耶。心配かけちゃったよね」
「……ああ。それで?」
「……え?」
「……その他には、何かなかったのか?」
「……うん」
燥耶はこちらに背中を向けたままのため、表情を窺うことはできない。こちらを見ようとしないまま、燥耶は何か考えているようだった。
「……なら、いい」
長いこと考えた後にそう言うと、燥耶はもう一度歩き始めた。沙枝も慌てて後を追うが、さっきとは全く違う燥耶の歩調に、すぐに追い付いてしまう。
「ねえ、燥耶」
「悪い、沙枝」
沙枝の呼び掛けは、燥耶に即時に遮られた。
「しばらく、話しかけないでくれるか。ゆっくり考えたい」
「燥耶……」
門の前で会ってから、初めて燥耶の表情を見ることができた。口を固く引き結び、真っ直ぐ前を見つめるその表情に、沙枝は思わず言葉を失った。




