一
遅くなってしまいすみません!
色々と練り直していましたら夜も更けてしまいました……。
「僕は、今、沙枝に伝えておかなくちゃいけないことがあるんだ」
まるで時が止まってしまったかのように。沙枝は身動き一つできないまま、響夜の強い光を浮かべた目を見つめていた。周りの音まで、全く聞こえなくなっていた。
「初めて見た時の衝撃は今も忘れない。時がたっても、薄れることなんてなかった。むしろ、毎日を一緒に過ごして、僕の心の中を沙枝が占める割合はどんどん大きくなっていったんだ。」
ここまできてやっと、沙枝にも燥耶の言おうとしていることが分かった。優しい微笑みを浮かべる響夜の顔が、目に焼き付いた。
「沙枝。僕は、沙枝のことが好きだ」
響夜の、暖かな眼差しに包まれて。響夜の口から紡がれた言葉をゆっくりと咀嚼して。身体の内側を色んなものが駆け抜けた気が、沙枝にはした。そのなかには本当に色んな、色んなものがあって。響夜と出会ってから今までは勿論、それよりも前のこともごちゃまぜになっていた。そして、それらが通り過ぎたあとに沙枝の頭の中に残ったのは、ある一人の男の子の顔。その顔は、今目の前にある顔とは異なるものだった。
「……ありがとう。響夜」
ほとんど操られるかのように、沙枝は返答を口にしていた。
「でも」
響夜の顔がわずかに硬くなったのが見えた。それから目を背けるように、沙枝は勢いよく頭を下げる。
「……ごめんなさい。私、好きな人がいるの」
沈黙が続く。頭を上げることができなかった。
「それって」
響夜の声に悲痛の色が混じる。隠そうとしているようだったが、意味を成していなかった。
「燥耶のこと……?」
この声で尋ねてくる響夜に、なんと返せばよいというのだろうか。頭を下げたまま、沙枝は何も言うことができなかった。
「そうか……」
響夜は沈黙を肯定と受け取ったようである。
「いや、分かってはいたんだ。沙枝の気持ちも、全部……」
沙枝には、響夜が自分に言い聞かせようとしているように聞こえた。
「……帰ろうか、沙枝。ほら、頭上げて」
急に明るくなった声音につられて、下げていた頭を上げる。視界に入った響夜の顔は、笑っていた。いつもと変わらないその笑みに、沙枝の心は痛んだ。
「僕のことが嫌いなわけじゃないんでしょ?」
「うん」
「なら、これからも友達でいてくれると嬉しいな」
「うん」
響夜は本当に強いな。沙枝は心からそう思った。
燥耶の家に着くまで、二人が口を開くことはなかった。
燥耶の家の門が見えてきた。遠くからでは分からなかったが、近くにきてみると何かが門の前にある。いや、誰かが門の前にいる。
「燥耶……」
そう呟いたのは、響夜だっただろうか。沙枝だっただろうか。
門の前に座り込んだままゆっくりとこちらを向いた燥耶の目は、ここではないどこかを見つめていた。
「遅くなってすまん、燥耶」
響夜がそう声をかける。次第に燥耶の瞳の焦点が合ってきた。まるで初めて目の当たりにしたかのように、長い時間をかけて響夜を見、次いで沙枝を見る燥耶。
やがて。
「……帰るぞ」
燥耶はたったそれだけ口にした。




