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炎花流水  作者: くまくま33233
間参 感情
140/159

「……ぼ、僕、沙枝に言わなきゃいけないことがあるんだ」



 沙枝を呼ぼうとしていた声が止まる。声だけでない。燥耶の全ての動きが停止した。心臓でさえも、その動きを止めた気がした。


「……それって?」

「それは……」


 間が空く。燥耶の脳が少しずつ動き始めた。しかし、ただ響夜の言葉を聞くだけの現状は変わらない。


「沙枝はこれから、危険に立ち向かっていく訳だろう?」

「うん。そう、なるね」

「すると、大けがをしたりするかもしれない」

「想像したくはないけど、そうなるかもしれないね」

「僕、今日の沙枝の様子を見ていて思ったんだ。正確には、横たわる咲と、その側について看病する沙枝の姿を見て、かな」


 ああ。燥耶は納得した。響夜を決心させたものは、燥耶も感じているものだったからだ。響夜の方が別れが少し早かったから、その感情がより迫ってきたのだろう。沙枝には分かっていないようだったが、燥耶にはその後に続く言葉が容易に想像できた。


「……?」

「沙枝が目の前に横たわるのをただ僕が見つめるだけ、そういう未来が来てしまってもおかしくないんだな、って」


 そう。まさにその通り。沙枝は俺が全力で守る。でも、全てが終わった時、沙枝が今のまま元気だという保証はどこにもない。


「それは……。そりゃ、そうかもしれないけど……」

「だから」


 その声には、今までと違い強い意志を感じた。響夜の決心が、完全に固まった音に聞こえた。

 やめてくれ。その先は……!




「僕は、今、沙枝に伝えておかなくちゃいけないことがあるんだ」




 もう耐えられなかった。疲れはてていたはずの足が、今までとは逆方向に勝手に動き出す。今はとにかく、続きを聞いていたくなかった。二人の近くにいたくなかった。なるべく早く離れたかった。

 歯をくいしばり、燥耶はもう一度走り出した。





気付くと、自分の家の前まで来ていた。我に返ると、身体が限界を迎えていることが良く分かる。毎日鍛えているってのに、なんて情けない。燥耶は自嘲した。門に背を預け、その場にずるずると崩れ落ちる。完全に座り込んでしまっても、上がった息はなかなか元に戻ってくれなかった。


「はは……」


 何故か乾いた笑いが漏れる。分かっていたはずだった。いつかこういう日が来ることも、こういう気持ちになるであろうことも。今日だって、それを覚悟して沙枝を送り出した。それでも。実際に耳にしてしまうと、それは覚悟していたものなんて比べ物にならないくらい強く、燥耶の心を揺さぶった。沙枝が自分の隣にいることが当たり前ではない、当然のようにずっと続く訳でもない。気付いていても目を背け続けていたその事実を、目の前に突き付けられた気がした。


「でもな……」


 この後沙枝が帰ってきて、今度は自分が気持ちを伝えられるかというと。俺には言えない。そう思った。響夜の必死そうな声を、聞いてしまったから。響夜の精一杯になった顔が、容易に想像できてしまったから。自分が気持ちを伝えようとしても、それらが頭に浮かんできて、冷静にいられなくなるのは確実だった。


「ははは……」


 燥耶は座り込んだまま、乾いた笑いを発し続けた。

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