一
すみません、少し遅くなってしまいましたね。
本日更新分です。
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「分かった。じゃあ行ってくるね」
「よし。……気を付けていけよ」
「うん。ありがと」
そう言い残し沙枝は部屋を出ていった。響夜の気持ちを慮り二人きりになれるよう機会を手配したは良いものの。
「本当、頼むぞ色々……。気を付けろよ、沙枝……」
燥耶はこんな風に呟かずにはいられなかった。複雑な気分だ。正直、自信はなかった。響夜と沙枝が二人きりになって、もし響夜が沙枝に気持ちを伝えてしまったら。それでも、燥耶の元に沙枝は絶対帰ってきてくれると、言い切ることなんてできない。沙枝がとられてしまったら、どうすれば良いのか。相手が響夜でなければ。堂々と勝負し、沙枝を奪い取ろうとしただろう。勿論沙枝の気持ちが第一であるが、それさえ自分が全力を尽くして沙枝に振り返ってもらえればいいだけのこと。話はもっと単純だったのだ。
でも。相手が響夜だったら。途端にどうしたらいいか分からなくなる。あの日宿で、俺はお前のこと命の恩人だと思ってるし、友達だと思ってると言い放ってしまった以上、どうしても沙枝の気持ちだけでなく、響夜の気持ちまで考えてしまうのだ。これは勝負だ、と今の燥耶は考えていた。響夜が先に沙枝に気持ちを伝え、沙枝がそれに応えたとしたならば。その時は、素直に身を引くつもりだった。二人共をよく知っているから、大切に思うからこそである。沙枝が幸せになってほしいのと同じくらい、響夜にも幸せになってほしかった。しかし、まだ二人は思い合っている訳ではない、諦めるにはまだ早い。今回は響夜に機会を与えたが、これもこれっきりで終わりになってしまったら響夜があまりにも不憫であるからに過ぎず、燥耶が勝負から降りたわけでは決してないのだ。
「さて……」
燥耶は考えるのをやめ、鍛錬に移ることにした。沙枝が帰ってくるまで、二人のことは考えないようにしよう。そうしないと、感情の容量を超えて何かが溢れ出てしまいそうだから。
一人のまま昼が過ぎ、やがて地平線が橙に染め抜かれるようになる。もうすぐ日が暮れる。そうなると、特にこの社までの道は真っ暗になり、沙枝一人で歩くには非常に危ない。そんなことは沙枝自身もよく分かっているはずなのに、沙枝はまだ帰ってこない。ここまで努めて響夜のこと、沙枝のことは考えないようにしていたのに、これでは心配にならざるを得ない。
……いや、それは嘘だ。何がって、二人のことを考えまいとしていても、今日一日中ずっと考えてしまっていたってこと。やれることはやっておきたいとか沙枝にはほざいておきながら、何をしても身が入らなかった。気付いたら、沙枝は今何をしているんだろうか、もしかしてもう、響夜と二人手をつないで仲睦まじい雰囲気で街を歩いたりしているんだろうか、と考えてしまう。
俺、沙枝のこと好きすぎだな。心の中で自嘲する。実は好きとはっきり認めたのは初めてだったかもしれないが、それよりも何よりもこんな精神状態の自分に呆れた。
それにしても遅すぎる。今までとは別種の心配が、燥耶の心の中を占めていた。




