十六
「まあ、今更こんなこと言うても無理やってことも分かっとるしな。二人に迷惑もかけたないし、こんくらいにしとくわ。」
里がすぐに笑ってそう言ったことで、燥耶はほっとしたようだった。
「里の言う通り、私たちはもう決めてるからね。それに、里には絶対に巻き込まれて危険な目にあうってことがないようにしたいの。何も伝えられなくてごめんね。もし良かったら、私たちがやろうとしてることに対して心の中で応援しててくれると嬉しいな。」
「勿論。私はいつでも二人のこと信じとるし、二人がきっとすごいことしてくれるんやないかって期待もしとる。…頑張ってな。燥耶さんも。」
沙枝も、燥耶も、黙って頷いた。
「ほなな。無理言って一緒にご飯食べさしてもうたけど、めっちゃ楽しかったわ。ありがとう。何かやることある言うても、しばらくはおんねやろ?また来るわな。」
「うん!またいっぱい話そうね。燥耶もぜひ来てほしいって。」
「お、おい、沙枝…。」
「ほんまに!?ならもう一日に何回もの勢いで来るわ!」
「ねえ?燥耶?」
「あ、え、うん。」
「あれー?燥耶さん、来て欲しなさそうな顔してる気するけどなあ。寂しいわあ。私のこと嫌いなん?」
「い、いや、そういう訳では…。」
「ほなええな!もう燥耶さんのために、がんがん来たるわ。」
「ああ…。」
燥耶の曖昧な返事を聞き里はにししと笑うと、廊下へ出ていった。
「ほなまたな!」
「うん!じゃーねー。」
「…………。」
沙枝と里が手を振ったからか、燥耶も無表情のまままるで意識の外にある様子で手を振っていたのが面白くて、沙枝も里もまた笑った。
「はあ…。やっぱり疲れるよ、あいつは。」
里がいなくなった後その場に座り込んでしまった燥耶の、第一声である。
「あはは。まあでも、楽しかったんじゃない?ここまでの三人だとなかった雰囲気になるしね。」
「そうだな。…ここまでの三人、ね…。」
燥耶は急に物憂げな表情をする。
「どうしたの?」
「いや、こうも拗れるとはな。もともと全員が近しかった訳ではないのに。これも含めて運命と呼ぶべきものなのかもしれんな…。」
「?…何が?」
「今は分からなくていい。自分で分かる時がくるさ。」
「…うん。」
「さて、もう夜も遅いし、そろそろ寝るか。」
「…うん。そうだね。」
燥耶がその遠い目で何を見つめていたのか。考えてもやっぱり沙枝には分からなかった。
今日もまた、いつもと同じように太陽が昇る。まだ山際にかかる朝日を見つめながら、沙枝の心境は前とは違うものだった。一つ一つ、その日が近付いてくる足音が聞こえる。運命の時を前に、沙枝は不安しか覚えることができなかった。
「おはよう。」
縁側に立っていた沙枝の後ろから、そう声がかかる。勿論一人しかいない。燥耶だ。思えば、燥耶に出会ったのもこの部屋だった。まさしくこの縁側だった。あの時私は、いつか夜継を亡きものにするために自分が行動すると、分かっていただろうか。
分かっていなかった。
自問にすぐ自答する。この縁側に立つ沙枝が目指すものは、今まで思い描いていたものとは全く違うものだということだけが確かだった。




