十三
少し遅くなりました。すみません。
「あかん!もう戻らな!あんまり長くおると母巫女様に怒られてまうわ。また晩来るわな、沙枝。」
里はそう言い残すと、沙枝になにか言葉を返す暇も与えず、来たときと同じようにすごい勢いで走っていってしまった。
「ちょっと里!気を付けてよ!?」
「分かっとるって!またなー!」
あっという間に角を曲がって見えなくなってしまう。
「なんというか…。こういう奴だったな。俺やっぱり少し苦手かもしれない。」
「あはは。でも、私以外で一番気楽に話せるのって里なんじゃない?」
「…認めたくはないが。」
「里ってそういう子なんだよ。誰にも壁を作らず、分け隔てなく沢山話し掛けていく。だから皆から好かれるし、皆が相談したり、単に話をしたりしたくなるんだよ。勿論燥耶も。里の魅力に、やられちゃってるってこと。」
「そう言うと語弊がある気がするがな。でも確かに。そういうところが、里のいいところなのかもしれない。…まあ、俺はあいつの相手をしてると疲れるんだけど。」
「ははは。じゃあそうやってまた里に言っておくよ。里きっと、もっと燥耶に話し掛けてくれるよ?」
「勘弁してくれ…。」
「…ところで、さ。燥耶。」
「ん?」
「あと何回寝たら、その時が来るのかな。」
「…………………。」
その時とは勿論、道すがら呼び掛けてきた蜂起が一斉に起こる時である。
「考えないようにしていたが…。着々と迫ってる。こういうことは時間が延びれば延びるほど、失敗する可能性が高くなるからな。出来るだけ早めの日程を指示しておく必要があった。」
「…それで?」
燥耶の目を見つめながら先を促す。答える直前、いつも落ち着いているその双眸が、少し揺れ動いたように見えた。
「五晩だ。」
「五…。」
「それまでに力を高める必要があるのは勿論、沙枝はもう一度あのシノミのムラの二人に会っておく必要があるな。」
「そうだね。咲と幸の二人には、その時がきたら避難することを伝えとかなきゃいけないもんね。」
「響夜を紹介しておく必要もあるだろうから、一度俺の家の方に寄ってから響夜と一緒に行くといい。…きっとそれが響夜と会う最後だ。なにか響夜に言われるかもしれないが、俺のことは気にするなよ。」
「…?うん、分かった。…それと、燥耶。」
「なんだ?」
「最後って、言っちゃ駄目だよ。」
「沙枝…。」
「最後じゃ、ないんだよ。最後にしたら、いけないんだよ。私たち、夜継を倒して、生きて帰ってこなくちゃ。」
「そうだな、沙枝。悪かった。」
そのまま二人とも黙った。二人とも、言いたいことは色々あったのかもしれないが、今言うことでもない気がした。この先のことがすぐ目の前に迫ってきている今だからこそ、いつも通りに見える今を壊したくない。そう思えて、言葉を発せなかった。かけがえのない今が、脆く崩れ去ってしまう気がした。
その後はいつも通りに過ごした。いや、いつも通りを二人は演じた。二人とも、あと少ししか先の見えない今を、大切なものにしたかったのだ。夜になり里が晩御飯を持ってくるまで、ずっと二人は、前の日までと変わらない風景を描いていた。




