十
社の入り口に着いた。今は鍛練の時間なのだろう。社を包む空気はひっそりとしており、誰かが通りかかるような雰囲気もなかった。
「着いたね、一応。着いたけど…、どうしようか、燥耶?」
「あまり大々的に帰ってきたと知らせるのも良くないだろう。俺が立ち直った時も、いつの間にか夜継に知られていたからな。となると、まずは内密に大母巫女様のところに行って相談した方がいいんだが…。」
「うーん…、勝手に入っちゃおっか?」
「…。そんなことしていいのか…?」
「良くは、ないじゃろうなあ。」
その声は、今まで全く気配のなかったはずの、後ろの方から聞こえてきた。
急いで振り返る。その姿は、初めて見たときと同じように、神秘的な力を携えてそこにあった。
「大母巫女様…!」
「言ったじゃろう?沙枝。わしには"見える"んじゃよ。」
「そ、その…。勝手に入ろうとして、すみませんでした…。」
「ははは。気にしておらんよ、沙枝。燥耶も、沙枝も、よく帰ってきた。…お帰り。」
「「ただ今戻りました、大母巫女様。」」
声が二人揃ったのは、必然だったのだろう。頭を下げる沙枝と燥耶を、大母巫女は微笑みを湛えて見つめた。
大母巫女のいつもの居所である奥の社で、三人は向かい合った。
「改めて、お帰り。二人の元気な姿を見られて、わしは嬉しいよ。」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしました。」
「よいよい。二人が帰ってきた、それだけでわしには十分じゃ。それで、何があった?夜継がミヤコに帰ってきても、お主ら二人は帰ってこず、そして今、大分遅れて帰ってきた。何かがあったのじゃろう?」
「沢山ありました。あの後私たちは…」
「その前に。大母巫女様。」
沙枝が話し出そうとしたところを、燥耶が遮った。
「なんじゃ、燥耶?」
「私たちは、ただ帰ってきた訳ではありません。まだ戦いの途中なのです。」
「ほう?」
「私たちが何をしようとしているのか、大母巫女様に説明するつもりはありませんが。それでも、無礼を承知でお願いしたいことがございます。」
「なんじゃね。言ってみなさい。」
「まず一つ、私たち二人がここに帰ってきたことは内密にしていただきたい。」
「ふむ。」
「それからもう一つ。部外者がこの社に立ち入ることを、許可していただきたい。」
「…理由を聞いてはいかんのかの?」
「………はい。」
「よいじゃろう。どうしても言わんということならわしも深くは聞かんが…。大体、夜継を倒そうとか、そんなところじゃろう?」
沙枝は息を呑む。そうだった。このお方には、なんでもお見通しなんだった。燥耶の瞳孔が、少し広がったのも見えた。
大母巫女は微かに笑い、続ける。
「二人を内密にするのはよいじゃろう。わしも気を払うようにしよう。部屋は以前二人がいたところが空いておる。あそこなら皆のおるところから少し離れておるし、気を付けて生活すれば平気じゃろう。食事は…。里に運ばせたらどうじゃ?彼女にだけは知らせての。」
「ありがとうございます。」
「問題は二つ目じゃな。」
大母巫女はそこで少し息を吐いた。




